3-12.地道、岨道、茨道

※今回は、ベルウ視点から展開されていきます。



 弟の訃報を目の当たりにしてから、オレはアイツの話を頼りに死の神タナトスを探していた。

先輩を裏切ったオレに、もう居場所はない。

タナトス神を探し出さねば、この空の世界で生きてはいられないのだ。

 今日で既に三日目となっている。身体中から発せられる悪臭と痒みで、時折立ち止まりたい衝動に駆られる。

勿論、暫く風呂には入れていない。

でも、立ち止まっていては、弟の死を誰がどうやって救済するのだろう。

その思い一つで心当たりのある場所を巡り続けた。

 候補は地獄により近い場所から一つ一つ調べていった。だがしかし、そんな候補群も次でもう最後だ。

よし、行こう。そこにいなければ、もう一周してみよう。

何度も何度も回って、時には同じ場所で待ってみてもいい。

弟のためだ。弟の無念を晴らすには、オレの行動が必要なんだ。

 『今』から向かうのは、天界、天空二階層――『英雄の領域』。

弟がタナトス神と最後に話し合った場所だった。


「ここですか……」


 入口エントランス付近には門番らしき者はおらず、閑散としていた。

今日は何か催しでも行われているのだろうか。

にしても、これは、来訪者に対して、少しばかり無関心が過ぎる気がする。

余裕があることの証左なのかもしれない。

この『英雄の領域』も、かなりの広大な空間を誇っている。

この中から、現在いるかもわからない、弟とタナトス神が会話をした場所を探す。

オレは途方に暮れるしかなかった。

しらみ潰しに探し回ろうか。困難を覚悟の上で、右拳に力を入れる。


「よっしゃ!」


「どうしたんだ、お前みたいなみすぼらしい奴がこんなところに来て」


 気合を入れた声が漏れた時、『今』入ってきた筈の入口エントランスの方角から、声が聞こえてきた。

誰かが入ってきた音など、一切していなかった。

もしかして……オレの行動が実を結んだ?

一つ深呼吸を挟んで、バッと後ろを振り返る。


「やぁやぁ! なんと汚らしい奴だ。

でも、俺はお前によく似た奴を知っている。

それも少し前に死んでしまった。

さぁ、聞かせてもらおう。

お前の名前はなんだ?」


 冗長に語りだした目の前の『神様』。

オレによく似た奴を少し前に亡くしているらしい。

もう確信をもって言える。目の前の『神様』は――。


「オレの名前は、ベルウ! ケルーの兄です。

そして、貴方は――」


「フフ。やはりそうか! ……面白い、いいだろう。

我が名は死を司りし神、タナトスだ!

これよりお前は、直属の部下となるがよい! よかろう?」


 推測の通り、この『神様』こそ、タナトス神で有らせられた。


「随分と歩き回ってしまいました。

でも、ようやく逢うことができたのですね。

貴方が、タナトス神。

……直属の部下、勿論異論はありません!

よろしくお願いします‼」


「フッフッフ。元気があっていいじゃないか。

よき働きを期待している。

今度こそ、いや……ケルーの仇、頼んだぞ、ベルウ」


 こうして、オレはタナトス神と邂逅を果たした。

弟を殺した憎き下界人を絶対に許してやるものか。

殺す、この手で。絶対にだ。




×××




 へイリア・マルッゾ。アナの婚約者兼エラーの息子だ。

かっこいい人だった。

筋肉質な身体は親父譲りと言ったところで、良く鍛えられているのが着衣越しでもわかった。

初めての対面ではあったが、とにかく生気に満ちていて、アナにピッタリだと思った。

 今日は、そんな彼とアナの結婚式が開かれる日だ。

何かと早い方がよいだろうとのことで、取り急ぎ結婚式を挙げることとなった。

場所は、イノーさんの研究室『ウェーリタス』。

少々の爆弾トラウマを抱えているが、他に自由に使える場所は知らないがために、反論のしようがない。

エラーが未だスビトー王国から帰ってこられないというのが残念だが、本人達たっての希望だ。

叶えない訳にはいかない。

ずっと望んでいた恋の成就。否定され続け、一度は命まで断とうと考えたほどだ。

その思いは誰にも負けないだろう。

決して、一般的な華々しい結婚式のような様式ではない。

それでも、お互いの気持ちがよく伝わってくるような、素晴らしい式になっていた。

誓いの接吻キスがなされ、式は大団円を迎えた。

 式の終わり際、イノーさんが蟀谷の辺りを抑えて、苦しそうにしていた。

心配になって、近くに駆け寄っていく。


「イノーさん、大丈夫か?

さっきから、頭痛ぇみたいだけど」


「あぁ、ザビ少年か。

いやぁ、今日の式、最高だったね!

研究室ってのがちと味気ないが」


「イノーさん。ちゃんと答えてくれよ。

体調悪いんだろ?」


「いやはや、頭痛くらいで体調悪いなんて、部隊長は言ってられんのだよ。

こんな頭痛、これまでもずっと抱えてきたことさ」


「それ、なんかの病気なんじゃねぇのか?

どっかで医者にでも診てもらえよ」


 軽く口論になりかけたところに、用を足してきたマルッゾ夫妻がやって来た。


「んー、シショーと何話しているの、ザビっちぃ」


「いや、別に。

今日は一生の思い出になったな、アナ」


「うんうん! ほんと、ザビっちも来てくれてありがとねぇ!

シショーも場所貸してくれてありがとぉ!」


「……あ、うん。全然大丈夫だ。

また式でも挙げたくなったらいつでも言ってくれよ?」


「もう、一回挙げれば十分だよぉ!

リア、一生幸せでいようねぇ!」


「あぁ、当たり前だ。

お前のこと、一生離さねぇから、覚悟しとけ」


「キャー、かっこいいぃ! 好きぃ!」


 またアナ達のお惚気のろけが始まった。

正直、イノーさんのことは少し気になるけど、本人からは話してもらえそうにない。

今日はここらでおいとまするとしよう。


「じゃ、また寮に入る日に」


「ばっちりばっちりぃ! よろしくねぇ!」


「…………」


 俺の別れの言葉にもイノーさんは反応を返してこなかった。

相当キツいのかもしれない。『今』はそっとしておくべきだ。

そのまま扉に入り、『世界の黄金郷メディウス・ロクス』を後にするのだった。




✕✕✕




 アナと俺、二人は『今』、巨大な門の前に立って、仁王立ちしている。

目の前にある施設こそ、『我世』組織員が衣食住を共にしているという寮――『この地に立つは人類なり』。略して、『このなり』。

この命名は現代表であり、第一部隊部隊長のエクが決めたようだ。

流石の名づけ能力と言うべきか。とにかくドでかく出た名前だった。


「アタイ達も、遂に『このなり』に入居する日が来たんだねぇ!

いやぁ、楽しみでもあるし、緊張もするなぁ!」


「アナでも緊張なんかするんだな。

ちょっと意外かもしれねぇ」


「アタイもザビっちと同じ人の子だよぉ!

緊張もするし、恥じらいももつよぉ!」


「あぁ、確かにそうだった。

だって、へイリアさんと接吻キスする時、めちゃくちゃ顔赤くしてたもんな!」


「あぁ! それは言わないお約束でしょ!

さ、下らないことばっか言ってると、他の人も来ちゃうかもだし、日も暮れちゃうよぉ!」


「それもそうだな。

んじゃ、せーので行くぞ! せぇーの!」


 俺達は二人して英雄への一歩を踏み出した。

ここではどんな出逢いが待っているのだろうか。

まだまだ先の長い道のりの中で、俺は俺を知っていくことができるのだろうか。

不安や悩みは尽きないが、それでも。

門の中に待ち侘びる仲間達と共に、一歩ずつ一歩ずつ進んでいけたらと、そう思っている。

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