3-11.マットーで『なき笑い』を続けた日々

 大いに荒れた『我世』入隊試験から、二週間が経過した。

今日は、待ちに待った合否結果の発表の日だ。

受験生はそれぞれ自分が一日目に赴いた受験会場まで足を運び、『我世』組織員直々に合否の結果を伝えられる。

合格なら施設内にある合格者案内所から組織員証明書をもらうことができ、晴れて『我世』の一員に加わることができるのだ。

 そして、アナと俺はたった今、その会場に到着したところだった。


「こりゃとんでもねぇな。

並ぶのも一苦労だぜ」


「びっくりびっくりぃ! 

組織員の手が幾つあっても足りないくらいには渋滞してるねぇ!」


 想像を絶する組織員の数が配置されていた。中庭だけでも優に五十は超える。

きっと特例ではあるが、学院内にも配置されていることだろう。

これだけの受験生が殺到してしまえば、仕方のないことだ。

件の合格者案内所とやらも、学院の上階に設置させられていそうだ。


「あぁだこうだ言ってても埒が明かねぇ。

お互い適当に一番並んでなさそうな列を見つけるとしますか!」


「だねだねぇ!

また合格資料もって酒場にでも行こう、ザビっちぃ!」


「おう!」


 アナとは自然に別れた。

一緒に列に並ぼうものなら、どちらかが不合格だった時、何て反応を見せればいいかわからない。

いや、実際は俺の結果が怖いからだ。

俺は『筆記試験スキエンティア』でもギリギリの及第点だったし、『奪爪戦プグナ』でも既定の個数十個に到達できず、試験突破は叶わなかった。

正直受かっている気がしない。


「いよっしゃー!

ほんとに受かったぁぁぁぁぁぁぁああああ!」


 合格を喜ぶ誰かの声が聞こえた。

満面の笑みを湛え、親御さんと抱き合う姿が想像できる。

飛び上がり、目尻に涙を浮かべ、周囲が引くくらい、はしゃいでいるのだろう。


「はぁ……」


 知らず知らずのうちに溜め息が漏れていた。

俺だって今泣きたい。違う意味で。

 前を見ると、もうかなりの時間が経っていたらしい。後二人で自分の番がやって来る。

一人目は、「おめでとうございます」と言葉をかけられ、飛ぶように学院内へと入っていった。

次の一人は、「残念ながら」の切り出しが聞こえた瞬間、肩を落としてその場を去っていった。

 そして、ようやく俺が最前列に立つ。

俺の顔を一瞥した組織員に名前を聞かれる。

ザビ・ラスター・シセル。その名を口にすると、もう一度仮面の俺を見つめてきた。


「えぇーとですね……。ザビさん。

貴方の結果は……」


 ガサゴソと手元の資料を漁っている。

わかっている。俺はもう落ちた。

何一つ大成功を収められないまま、試験は終わってしまったのだ。

もう思い残すことは……。

俺が顔を俯かせ、視界を揺らし始めた時、組織員の手が止まった。


「はい。ザビさん。貴方の結果は――合格です!

おめでとうございます。これからは私達と共に戦いましょう!」


 耳を疑った。今、何て言った?

貴方の結果は…………合格⁉

すっと差し出される右手に、仮面をめくり上げてゴシゴシ目を擦る。

擦っても擦っても止めどない感情が溢れ出してくる。

待って、待って、待って。俺、本当に受かったのか。


「ご、合格ですか……!」


「はい。ザビ・ラスター・シセルさん。

貴方は過酷な二日間の試験を乗り越え、見事数いる受験生の中から合格を勝ち取ったのです!」


「うっうぅ。うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」


 この時ばかりはみっともなく泣いた。何よりも嬉しかった。

あの出会いと別れを繰り返しながら、前に進み続けた日々を思い出す。マットーで『なき笑い』を続けた日々を。

目の前に出された右手に、俺の右手を重ねる。

力強く握り合い、次なる段階ステップへと歩みを進める。

今度は、学院内の合格者案内所へと向かった。

 やはり予想通り、合格者案内所は学院の五階という、大分と上階に設置されていた。

しくも一日目に『筆記試験スキエンティア』を受けた場所と同じだ。妙な運命を感じる。

単調な階段を上がっていく。

この一歩一歩が、『我世』入隊への序曲プレリュードを奏でているようだった。

胸を張って、足を上げて、大きく腕を振りながら歩く。

誇らしかった。

一度は絶望の野に放たれ、もう立ち直れないと思った。

それでも、試しにその野を彷徨ってみれば、そこには一輪の希望の花が咲いていたのだ。

全てが報われたことが、何より誇らしかった。

俺が感傷に浸りながら階段の一段一段を噛み締めていると、後ろからとんでもない速度で物体が接近してくるのを感じた。

嫌な予感がした。


「この、クソザビィィィィ!」


 今日の予想はよく当たる。物体の正体は、リーネアだった。


「なんだ、このクソリーネア!

こんなところに来ても騒々しいのか」


「声がでかいから、直ぐオレってわかんだろ!

てか、お前も合格したんだな」


「まぁ、なんとかな。

ごめんな、『約束』果たせなくて」


「あぁ、そのことなんだけどよ……。

実は、お前と最後に戦おうって思ってたんだが、その前にオレを狙いまくってくる輩共がいてよ。

そいつらかったぱしから片してたら、気付いた時にゃあもう手の中に十個の爪があったんだよ!

ほんとオレからも謝るわ! すまん!」


 その可能性も大いにあるとは思っていた。

コイツは良くも悪くも、皆の注目の的だ。

株上げジャイアントキリングを目論む輩が多く立ちはだかっても、別段おかしくはない。


「なら、これで一旦おあいこってことにしてさ。

入隊後、どっちが『我世』に貢献できるかで勝負しようぜ?」


「ほほう、またもオレに勝負を挑むとはバカな奴だ。

まぁ、天才的な優しさを誇るオレだ。

いいだろう、勝負に乗ってやる!」


 かくして、俺達はまたもみっともない小競り合いをすることになった。

そのまま、二人で階段を登り切り、合格者案内所にて組織員証明書を貰った。


「これで俺達も……『我世』の一員か!」


「ここから始まるんだな!

やってやろうじゃん、世界救ってやろうじゃんよ!

なぁ、兄弟?」


「あぁ、兄弟!」


 四つもの階を登り切った先、俺はリーネアと腕をぶつけ合った。




✕✕✕




 その日の夜。俺はリーネアと一緒に酒場へ向かった。

そこにはアナと、まさかのロビがいた。


「ロビ、お前……」


 薄目でチラリとこちらを一瞥した彼女は、直ぐに下を向いた。

手に持った飲み物容器グラスをギュッと握り締める。


「別に、許してもらおうなどとは思っておりません。

私がお兄様を襲ってしまったのは事実ですし……。

でも、だからこそ。罪滅ぼしをさせて頂きたく、こうして馳せ参じました」


 それも確かにそうではあるが、俺が疑問に思っているところはそこではない。


「いや、ロビ。お前も受かっていたんだな」


 てっきりそれなりの処分が下されて、受かることは、もう逢えることはないと思っていた。

だから、こんな再会があったなんて――。


「良かった。

もう一度、お前と、妹のロビとして話すことができるんだな……!」


「お兄様……。

はい。私も、事情を考慮して特例での合格とさせて頂いたのでございます。

だから、えぇと、その……。ただいまです、お兄様」


 はにかみながら照れたように笑うロビに、俺も釣られて笑い出す。

目尻にはやっぱり涙が浮かんでくる。


「おかえり、ロビ」


 席から立ったロビが俺に抱き着いてくる。

コイツが何を抱えながら生きてきたか。俺にはわからない。

でも、ここに温もりがある。それだけで俺は幸せだった。

俺もロビを強く強く抱き締め返す。

これまで傍にいてやれなかった分。一人で背負わせ続けた分の借りを返すように――。


「あ、えぇーと、真面目くさっているとこ悪いけど、今日は入隊を記念した祝賀会的な奴だから、いつまでも抱き合ってる場合じゃないよぉ!

さ、乾杯しよ、みんなでさぁ!」


 『抱き合ってる』という単語が耳に入った瞬間、赤面を始める俺達。すぐさま解放すると、ロビはバッと距離をとった。


「だだだ、抱き合ってるとか、いいい、言うものではありませんよ?

やめてください、アナさん!」


「ガッハッハッハッハッハッハ‼

そんな恥ずかしいことも飲んじゃえば忘れるってぇ!」


「飲めませんよ、私」


「ほら、さっさと準備してぇ!

そこに突っ立ってるリーネアくんもぉ!」


「何すか、このノリ……最高っすね!

飲みましょ飲みましょ!」


「……はぁ、これは朝まで行く感じかな」


「本当ですか、お兄様」


「久しぶりの下界だろうけど、覚悟しろよぉ」


「ヒィ!」


「なぁに、ザビっち兄妹きょうだい

またまた近付いちゃってヒソヒソとぉ!

ほらほら、そんな大事な話は後でいいから!

はい、二人も飲み物容器グラス構えてぇ!

はぁーい、みんな揃ったし、行くよぉ!

せぇーのぉ!」


「「「「かんぱーい!」」」」


 四人の声が高らかに酒場に響いた。

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