2-32.誰よりも強くあり続けねばならない

※今回は、エラー視点での話です。



 俺は、エラー、エラルガ・マルッゾ。

言わずと知れた第二部隊『火這ドゥオ』の部隊長、『我世』最強の一角だ。

自慢なんかじゃねーぞ、これは紛れもない事実。

……そう信じて、こんな歳取った今でも世界の最前線をひた走ってる。

最近、ちょっと前の王都竜討伐戦に協力してくれた奴が修行を頼んできたから一緒にやっているんだが、あいつは何もわかっちゃいねーのさ。

俺は、強い。誰よりも強い。いや――強くなくちゃなんねーんだ。

 俺には、一人息子のへイリアって奴がいる。

ちいせー頃に母親をドラゴンに殺されちまって、俺と二人で暮らしてきた。

今は、俺と同じ『我世』の一員となって寮生活みたいなもんをしてるんだ。

リアはずっと俺の背中を見て、育ってきた。

俺しかまともな大人が周りにいなかったのがいけなかったのかもしれない。

皆、世界が滅亡の音を奏で始めたことで、狂っていったから。

『一千年』に一度、ドラゴンは現れると

でも、今は『一千年』なんて言う期間スパンを待つことなく、期間スパンでその姿を見せている。

もうこんな絶望の時代が何十年も続いてきた。

ドラゴンの世界多発出現に対抗するため、人類が考え出した最終手段。

これが、人間の権利を主張して『神様』に抗うために編成された特殊部隊――『我世』って訳だ。

絶望は止まらないかもしれない。それでも何もしないでやられていくだけの運命を、吞んでやりたくはなかった。

戦いは世界の至るところで起こる。その度に、俺たちはそこら中を駆け巡った。

人類は負けない。人類がこの世界を住みよい場所に変えていったのだから。

その思い一つで、人類は『神様』への反逆を加速させていったんだ。

 生活は、決して良いものとは言えなかった。

俺は若い頃から将来を嘱望しょくぼうされ、比較的給料は良い方だったはずだ。

だが、良い方であったと言えど、一日の食事として腹一杯食べられるほどの食料を買えるだけの金は貰えなかった。

だから、俺は自分の分の飯をできる限り分け与え、リアが俺よりも大きく育って俺よりも幸せな世界で生きてくれることを切に願っていたんだ。

リアはどんなに苦しい状況でも明るく振舞い、笑顔の絶やさない子だった。

俺にとってその笑顔は、どんな飯より心が満たされて、どんな理不尽な現実も乗り越えられる勇気が貰えるものだったのさ。

 ある日、話があるから、夜早く帰ってきてとリアから告げられたことがあったんだ。

リアからそんな風に切り出されることはあまりなかったから、ちょっとだけ身構えてしまうような感覚を覚えながらも期待を膨らませて帰宅した。

戸を開け、リアの話を聞こうと目の上に手で傘を作って左右に身体を振る。

すると、玄関口で正座をして待っているリアの姿を目の端で捉えた。

今までに見たこともないような真剣な顔でこちらをじっと見つめている。


「父さん、僕、父さんより強くなって、世界を今より幸せにします!

当分の目標は、父さんを超えることです!」


 そう言い切ると、ニカッといつもの太陽のような笑顔を見せる。

俺はしばらくその場に立ち竦んで、リアの眼を見つめることしかできなかった。

それまではそんな前触れを一切見せたことがなかったから、困惑が隠せない。


「リアの望むことならいいが、本当に俺を超えたいのか?」


 どうしても何となくでいいから真意が知りたかった。

はっきり言ってこの世界はそんなに甘くない。

俺を超えたいなんて、言ってしまえば物凄く弱い決意とも言えてしまうかもしれないから。

自分の唯一残った家族、俺だって譲ってやれない、替えの利かないものがある。


「もしかしてですが、いい感じに負けて諦めさせようとか思っちゃってますか?

父さんを超えるなんて、弱い動機だって……。

でも、そんなこと考えてるんだったら全く問題はありません!

僕――本気ですからっ‼」


 目が、声圧が、リアを纏う、全身全霊の覇気オーラが全てを伝えてきていた。

『本気』という言葉が、深く胸を抉る。

ここまで押し切られては同意せざるを得ない。


「わかった。なら、全力で超えてこい!

いつでも俺は待ってるぜ‼」


 こうして、俺たちは誓いを結んだ。

……未だ、この誓いは果たされていない。

そして、いよいよを以て俺も引退を考える時期が迫ってきていた。

だが、リアは俺を越えられていないからと諦めず日夜武術や武器戦術を学び、実践していたのだ。

血の滲むような、いや時には血反吐を吐きながらの厳しく辛い特訓。

その姿を毎日、毎日見ていたから、俺は引退の宣言ができなくなってしまった。

気付けば、こんな歳だ。もう負けてしまおうか。

 そう思って、俺はリアと勝負をし少し手を抜いてギリギリの接戦を繰り広げた末、負けてやった。

これで俺はこの立場から身を引ける。そう思ったのも束の間。


「父さん、さっきの決闘、手を抜きましたよね……。

僕にはわかります。父さんはもっとできるって。

だから、さっきの『勝ち』は『勝ち』なんて認めません。

己の力、全部を賭した決闘で得られる勝利のみが、真の『勝ち』です」


 そう言い放って、その場を去っていった。

俺はまだ終われないことが確定してしまったのだ。

 でも、ここで一つ言っておきたいことがある。

確かに、あの決闘で俺は少し手を抜いた。

それでも力を雀の涙ほどしか使わなかった訳でも、半分以上使わなかった訳でもない。

全体で言うところの一割ほどしか手を抜いていないのだ。

 つまり、限りなくリアは俺を追い詰め、本当にギリギリの勝負の中で『勝ち』をもぎ取っていったことになる。

だからと言って、今から弁明をしようにもきっと信じてもらえないだろう。

ここから鑑みるに、俺の頭には一つの結論が浮上してしまったのだ。


――俺は、誰よりも強くあり続けねばならない。


 簡単に負ける訳にはいかない。

リアに全盛期然とした強さでぶつかって負けるまでは、絶対に。

歳でだんだんと力が衰えてきたって理論が通用しない以上、強さを維持するためには何かしらの対策が必要だ。

そんな訳で、俺は隠し通さなければならないができてしまったのだった。

 前に酒場でザビに『覚醒啓示』について話しただろう。

俺は、王都のゲートと世界の関係性のことをあそこでは話した。

でも、実は俺にはもう一つ、『神様』に教えてもらったことがある。

それは、『覚醒開示』という情報についてだ。

『覚醒啓示』と似てはいるが、別物なので注意が必要。

『覚醒開示』とは、それすなわち自分の知っている最重要秘密トップシークレットな情報を他人に伝えることで、自身の能力が向上するといったもののことを言うそうだ。

俺が酒場でザビに『覚醒啓示』の情報を話したのは、これを密かに発動させて身体の衰えを補おうと思ったからだ。

これも全てはリアの正真正銘の『勝ち』のため。

俺の絶え間ない努力よ、どうか報われる日を創ってくれ。

 そんなことを考えながら、向かう修行場所。

もうそこにはザビが体操を終え、俺との組手の火蓋が切られるのを今か今かと待っていた。

試験当日まで、残り十五日。

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