2-33.揺らぎは呼吸をするように
※今回は、ザビ視点に戻っています。
イノーさんに思いを
あんな風に積極的な姿勢で迫られたことが今まであまりなかったから、どうしてもドギマギした気持ちが先行せざるを得なかったのだ。
俺は利用されるために、とびっきりの餌を与えられていた。
でも、暗い感情と同時に得られた学びもある。
目先のものだけが『真実』とは言えないということ。
『真実』はいくらでも創ることができるから、表面上だけで思考を止めてはいけない。
そもそも俺はイノーさんから修行をつけたいと言われて、塔に上った。
なら、何か得たものが明言化できた方が良いだろう。
そう考えると、『真実』の審議という視点は非常に有用性のある成果だったと言えるのではないだろうか。
そんな負け惜しみを考えられるまでには、思考を整理することができた。
確かに、まだ腑に落ちないことだってままある。
それでも、そこで立ち止まり続けていてはそれこそ思考停止になってしまう。
俺はこの経験をも糧にして、一皮も二皮も剥けてやるんだ。
ここで、ようやく今日の修行前準備が終わった。
ちなみに、あのイノーさんの裏切りがあってから、五日ほど経っている。
最初こそ衝撃を受け、かなりの心的外傷を負ったのだが、一日分修行を休んで何とか今の状態にまで回復することができたのだ。
五日、いや厳密に言えば四日の内で、特筆すべき『勝ち』への布石が見つけられた訳ではない。
でも、戦いの数を重ねていく中で、その都度弱点と呼べる点を探し続けた。
エラーは基礎能力の高さもそうだが、急な戦略変更にも対応する臨機応変な戦闘
伊達に長い期間、世界の平和のために戦ってきた訳ではないことを戦う毎に痛感させられていた。
それでも『勝ち』を誓った俺の心は、いつだって前を向いている。
今日もその姿を見せたエラーに特大の睨みを利かせながら、右手で手招きをした。
今日もまた、修行が始まる。
「おはよう、ザビ。
ちと遅くなっちまってわりーな」
「いぃや、構わねぇよ。
さっさと今日も始めていこうぜ!」
「あー、そのことなんだが、少しばかし修行の前に話したいことがあるんだ。
時間いいか?」
いつもだったら、即刻許諾の返事をするのに開幕話したいことがあるなんて変化球を投げてきた。
どういう風の吹き回しだ?
「なんか珍しいな。どうしたんだ、エラー」
修行場所に着いた時から、ずっとエラーはいつもみたいな笑い
俺の答えを受けて、引き結ばれた口元が力なく開く。
「俺、五日後にスビトー王国っていう西にある国まで行かなきゃいけなくなっちまったんだ。
だから、イノーさんからの
急に決まって焦ってるのは俺も同じさ。
本当にすまねー、許してくれ」
「ってことは、修行も……?」
「あー、そういうことになる。
こればっかりは俺にもどうにもできないことでよ。
ザビにはまだ何も教えられてねーってのに……」
本気でシュンとした顔を見せるエラーに対して、少々焦りを覚える。
そんなに俺のことを思ってくれていたんだな……。
「いやいや、気にすんなよ。
エラーの本業はそっちだろ。
だから、まぁ……大丈夫だ」
エラー以外に修行してくれるような奴に心当たりはない。
もう一人の候補は、五日前の一件でいなくなってしまった。
でも、本気で落ち込んでくれているエラーのために、少しでも安心を与えたい。
その反応を受けて、エラーも僅かながら、いつもの笑顔を見せる。
弱々しくはあるが、若干調子が戻ってきたように感じられて俺も嬉しくなった。
「理解してくれて助かるぜ。
でも、だからこそ残りの五日、俺のできる全力でザビに修行をつけようと思う!」
「そいつはありがてぇ!
俺もこれまで以上に気ぃ引き締めてやってくことにするぜ!」
「ほほぅ、楽しみなこったぜ。
そんじゃ、始めていくか!」
「おう!」
これで、話は終わり、昨日までのように普通に修行が始まると思っていた。
だが、現実は斜め上の様相を呈す。
「やぁやぁ、諸君ごきげんよう!
皆大好き、イノーが来たぞ!」
この修行の場所を知るはずもないイノーさんが、俺をハメ、失意の海に突き落とした最悪の権化がその姿を現したのだった。
試験当日まで、残り十五日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます