2-34.先生の告白(その一)

 暁の風が吹き、冷え切った空気を肌で感じる修行本拠地。

エラーと俺が向き合って、今まさに拳が交わらんとした時にイノーさんはやってきた。

実に五日ぶりの、望んでもいない再会。

俺もエラーも一言たりとも喋ろうとしない。

唖然とした表情のまま、ただイノーさんを見つめ続けた。


「なんだね、諸君。

ワシが来てやったというのに、なんという顔を見せているんだ。

前会った時は、もっと生き生きとした顔をしていたであろう!」


 飄々ひょうひょうとした、何事もなかったかのような態度が癪に障る。

イノーさんは俺をコケにして、気持ちの良いほどの裏切りをカマした。

そんな常識に逸脱した行為をなかったことになんかできる訳ねぇだろうが!


「何しに来たんだ、


 重く淀んだ声音で、イノーさんを刺しに行く。

大体、なんであの時、俺をハメたのかも、なぜこの場所に来たのかも、どうしてこんな態度を取っているかのも謎でしかない。

はっきり説明してもらわねぇと、こっちだって気持ちの落ち着きどころを見失っちまう。


「これはこれは失礼した!

色々と言わねばならぬことが溜まっていてな。

今回は、それらを話すためにここに来たのだよ!

ノッホッホッホッホッホ!」


 この場に似つかわしくない高笑いを見せながら、ここに来た理由を端的に説明したイノーさん。

その様子をきな臭いものを見る目で映しながら、一つ確認とばかりに告げてみる。

俺は、鳴り止まない笑い声を掻き消すように、イノーさんの声に被せて言い放った。


「その中に、俺の心を踏み躙った件も入っているのか?」


 その文言を聞いて、エラーはぎょっとした表情を見せる。

そう言えば、イノーさんとの密会後の修行は体調不良を理由に休んだから、エラーは詳細を知らなかったんだったな……。


「おいおい、そいつは穏やかじゃねーな、イノー。

ちゃんと説明してくれ」


 本気で動揺しているみたいだ。

……それもそうか。エラーは、イノーさんを尊敬の対象として見ていた節がある。

その根幹が揺らぐとなれば、そんな気持ちになるのも無理はない。


「わかったわかった。順を追って説明しよう。

まず、今日言いたいことは、全部で三つだ。一つは、ザビ少年を裏切ったこととその結果について。

一つは、ワシの能力について。

そしてもう一つは、今後のことについてである」


 単純明快とばかりに並べられた俺への侮辱が、実に憎たらしい。

何か謝罪の気持ちなり、後悔の気持ちなりがあるなら言えってんだ!

気持ちの整理を付けたと言えど、こうやっていきなり現れて俺の思考の時間を邪魔してきている。

この動きは看過していいものかよ!

……もしもどうしようもないものだったら、承知してやらねぇからな。


「一つ目、ザビ少年への裏切り行為とその結果についてだ。遠回りしても時間を食うだけだからサクッといこう。ワシはザビ少年の秘密について気になることがあったから調べたかったんだ」


「ザビ少年の秘密?」


 興味津々と言った様子で、エラーが繰り返して相槌を打つ。

俺は静かに詳しく話されるのを待った。

イノーさんは十分な間を開けて、話を続ける。


「……そう、もうこの際だから言ってしまうが、ザビ少年には特別な力があることを、ワシは見通している」


「真実を見たって言うのか、イノー?」


「あぁ、そうだ。

そして、それをより知るためにザビ少年を塔に招いて、少々見てみたところ……」


「ザビ少年を塔に招いたって、おいおい……。

上っちまったのかよ」


「さっきから煩いぞ、エラー。

少しは人の話を黙って聞いたらどうだね。

そうさ、上ったよ。そこでは色々な実験をしてみた。

まぁ、そんなに狂気的マジェスティックなことはしてないさ」


「俺はあの日、一体何をされたんだ?

外部に傷はなかったし、体調も特に変化はなかった。

お楽しみ時間だか何だか知らねぇが、本当は何もしてなかったんじゃ……」


 ある種、自分の切なる願望を垂れ流していた。

何もされていなければ、俺はまた――。

そんな淡い願望は、一秒もしない内に潰えることになった。


「いや、もちろん実験をしたことは変わりない事実だ。

だが、これと言ってわかったことはなかったのさ。

ただ、一つ。ザビ少年の真実を見定めた時に気になることがあってな……」


「またその切り口かよ。もうシケてるぜ?」


「まぁ、はやるなよ、ザビ少年。

ザビ少年に映った真実――魔法使用者の血を媒介にして、その者の魔法を習得することができる能力をもっているというもの。

これが気になったのだよ」


「はぁ⁉ そんなことできる訳ないはずだろ⁉」


 我慢できなくなったのか、エラーが会話に途中参加してきた。

これは確かオズにも驚かれていたっけな。

さて、どう説明したらいいだろうか……。

俺がウンウンと頭を唸らせていたところに、水を差すようにイノーさんは衝撃の事実を暴露した。


「……まぁまぁ、落ち着けよ。

それで、ワシも研究者としての血が騒いでしまってな。

――ワシの血を強い眠気薬で眠らせたザビ少年に飲ませてみたんだ!」


「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」」


 今日一の大声を出すエラーと俺。

二人の絶叫が修行場である草原地帯に響き渡った。


「……ってことは、俺は『探真者』の魔法を使えるってことなのか⁉」


「ほうほう、否定してこないってことは黒確定ってことでいいのかなぁ?

まぁ、ザビ少年の真実が嘘偽りのないものであるならば、そうなのではないかぁ?」


 突然現れたイノーさんから言い渡される三つの話題。

これらが示す真実とは何なのか。

一つ目の情報に意識を持っていかれた俺は、イノーさんが次に口を開くのを待ち構えるのだった。

試験当日まで、残り十五日。

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