2-35.先生の告白(その二)

 イノーさんの大演説はまだ続く。


「……さてと、なかなか良い情報も知れたことだし、次も行ってみようか。

二つ目は、ワシの能力についてだったな。

これは最後に話す今後のことについての内容にも繋がってくるんだが、実は、ワシは真実を見通す魔法しか使えない訳ではないのだよ!」


 最初にイノーさんに会った時、エラーからは真実を見抜く魔法が使えるとしか言われていなかった。事実、これまでにもそういった動きしか……。

まさか、今までもそれ以外の魔法を使っていたりしたのだろうか。


「今、ザビ少年が頭で想起したことが真実だよ。

ワシには真実をつかさどる魔法がいくつも使うことができる。

単純に真実を見抜く魔法『炯眼ペネトレイト』の他に、真実を創りかえることができる魔法『捏造ファブリケイト』や、真実の情報を他人の眼を用いて集める魔法『干渉共有オーバーサイト』。

後は……」


「ちょっと待てよ! お前今、何言って……」


 俺の中の真実を盗み見たかと思えば、急にペラペラと自分語りをし始めやがった。

確かに、情報を知りたいのは山々だが、その情報一つ一つが重すぎやしないか。

炯眼ペネトレイト』は良いにしても、二つ目、三つ目に言った魔法の効果は流石に強力過ぎるだろう。


「あぁ、わかっているわかっている。

ぶっ壊れチートが過ぎる代物をそんなさらっと紹介してくのはおかしいと、そう言いたいのであろう?

言いたいことはわかるが、これらはワシに与えられた『神様』の祝福である訳だし、使えることは紛れもない真実だ。

ただし、だからと言って無制限に使えるという訳ではなく、同時に三つ分しか干渉できないという規定ルールもあるのだ」


 まるでこのような反感が飛んでくることを読んでいたかのような流暢な返答に、こちらはぐぬぬと舌を巻いてしまう

それを好都合とばかりにどんどん言葉をつけ足していくイノーさん。

もはやここは、イノーさんの優雅舞台オペラ会場だった。


「ここで、なぜ自分の不利になるようなことを言うのか、とても気になっていることだろう。

あぁ、そうだろうそうだろう!」


 イノーさんは、もう興に乗って大はしゃぎだ。

俺達に付け入る隙は微塵もない。


「ここでまた、伝えねばならないことがある。

それすなわち、ワシとアナとの関係についてだ」


「なんでこのタイミングでアナなんか出してくるんだ⁉

お前、知り合いだったなんて聞いてないぜ!」


「まぁ、言ってないからな。

本当は、秘密裏に動こうと思っていたんだが、事情が変わった。

単刀直入に言うと、ワシは彼女のことを救いたいのさ」


「『救う』なんて抽象的過ぎてさっぱりだぜ。

アナは俺の息子をたらし込もうとしてる、危ねー奴だ。

そいつは、救わなきゃいけねーような輩なのか?」


 以前、エラーに修行を頼みに行く『手柄先取り大作戦・改』において、エラーとアナはバチバチにぶつかっていた。

エラーの記憶にも鮮明に刻み付けられていたようで、スラスラとその名前を口にする。

息子さんのことだったからか、やけにあの時は取り乱していたように思う。

イノーさんは物憂げな表情を見せ、大きな溜め息を一つ漏らす。

そして、ゆっくりゆっくり話し始めた。


「――彼女は、王家の血筋を継ぐ末席貴族の出で、小さい頃から親に振り回される日常を送っていた。

親の言うことが絶対だった彼女は、来る日も来る日も言いつけを守り、自分を押し殺して生きてきたんだ。

そんな中、ある一つの出来事が彼女の人生に一輪の花を添えたのさ。

そう、それが――リア、へイリア・マルッゾとの出逢いだった訳だ」


 アナは貴族令嬢だったってことなのか!

だとしたら、随分と豪快で、自由な人だったように感じるが……。


「ザビ少年が不思議に思うのも無理はない。

ワシが初めて彼女と会話したときは、あんなにはっちゃけてはいなかったよ。

それもへイリア少年と出逢ったことが、きっかけだったってことさ」


「それで、アナに対してどうしてイノーさんが救いたいって思うようになったんだよ」


 ぶっちゃけこれが最大の論点だ。

アナの境遇を知ったところで、イノーさんの魔法を教えてもらったことの理由付けにはならない。

ひいては、ここに来た理由にも説明が付かなくなる。


「ワシが彼女を救いたいのは、自分が、彼女の望みを全て叶えている存在だったからだ。

ワシは、自分の食べたいものを食べたい時に食べ、寝たい時に眠り、好きな時間に好きなだけ遊んでいた。

ワシは自分のできたことが、全て許されなかった彼女に救いの手を……恋愛くらいは、一生の伴侶くらいは自分の我儘いしを尊重させてあげたいと思っているんだ!」


 これまでのイノーさんとは打って変わった、痛切なる願いがそこにはあった。

真っ直ぐな思いをド直球にぶつけられた俺達からは、何も言葉が出てこない。


「最初の計画は、『壁外調査』でワシの同行者としてアナを呼び、真の力を発揮させようと思っていたのだが、今日の『五瀑征ステルラ』での緊急朝会合でエラーのスビトー王国行きが決まってな」


「だから、このタイミングで……。

てか、『五瀑征ステルラ』って実在したんだな」


「あー、確かに一般的には存在が仄めかされているだけだもんな!

そう、『我世』が誇る五部隊の部隊長らが、腹割って世界の行く末を担う会談をするんだ!」


 エラーが快活に説明してくれた通り、『我世』には『五瀑征ステルラ』という最高議決機関が設置されている。

と、オズとの勉強の中では触れられていた。

俄かに信じ難かったが、今ここにその実在が確認されたのだ。


「誤解を生むような言い方をするな。

ただの情報共有と、今後の行動確認だけだ。

なぁにが『腹割って』だよ‼」


「そうキレなさんなって。

確かに、あの集まりの時は、総統の圧がキツいけどよ」


「おい、総統ってエクのことか‼」


「おー、なんか食いつきエグいな。

そうさ、あの孤独の王様、エク・ラスター・シセルのことだよ」


 エクが孤独の王様⁉

皆に圧もかけているのか……。

相当嫌われているようだが、大丈夫なんだろうか。

まぁ、俺が気にしてやる奴でもないが。


「まぁまぁ、今回はその話をしに来たんじゃないだろうに。

で、なんだっけ。結局何がお望みだ、イノー」


 長くなりそうだったので、一旦流れを切ったエラー。

その言動で頭を冷やす機会を、俺とイノーさんは得た。


「さぁ、ここで三つ目だ。

今後のことについて。

ワシは彼女に隠された真実をもう既に知っている。

だから、それをエラーにも知ってもらいたいんだ。

そのために、エラーに『干渉共有オーバーサイト』を使わせてくれ!」


 いよいよイノーさんが今回来た本当の理由を口にした。

だが、イノーさんの話はかなり難しく、わかっていないことも多い気がする。

そこのところも含めて、もう少し深掘って話を聞きたい。

試験当日まで、残り十五日。

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