2-36.先生の告白(その三)
イノーさんが朝の修行時間に現れた理由は、エラーに『
確か『
言葉で説明をされても、いまいち釈然としない魔法のように感じる。
「俺は、何をすればいいんだ?」
「エラーはワシの干渉存在となり、ワシから送られてくる脳の……」
「待て待て、いきなり難しいことを言い出すな!
つまりは、どういうことなんだ?
簡単に説明が欲しい」
エラーは慌てた様子で改めるよう、イノーさんに促す。
それを見てふむと一呼吸。
それから口元に握り拳をもってきて、コホンと咳払いをした。
「ならば噛み砕いて教えてやろう!
まずこの『
干渉存在という、術者によって登録された対象人物、その脳と、自分の脳を相互に見せられるようにするのさ」
「他人様に、自分の脳が全部筒抜けになっちまうってのかよ!」
「そんなに使い勝手の悪い魔法ではないぞ!
共有する脳の情報は、範囲として選択できるようになっている。
だから、自分の脳内が洗いざらい知られてしまう訳ではない」
「なるほど、でもそれってかなりキツいんじゃねぇーか?
脳に蓄積された情報量は、とんでもなく多い。
それらの中から特定の情報を抽出するなんて可能なのかよ」
ざっと話を聞いていた俺が、懸念点を挙げてみる。
色々とわかっていた方が今後協力していくことがあった時、円滑に事を進めることができるだろう。
あるかどうかは別にして、だが……。
「まぁ、そこら辺は心配しなくていい。
要は、
相手に伝えんとしている情報を頭に強く思い浮かべることによって、情報は勝手に取捨選択され共有が図られるのだ」
「そういうことなら大丈夫そうだな。
ちなみに、これは自分から相手の脳内を覗くことはできるのか?」
「おいおい、そんなことができてしまったら
……でも、実際言うと
ただ情報の選択が望めないことを理由に、一気に相手の脳内情報が自分の頭の中に入り込んでくるだろうさ」
「……そうなった場合、俺達はどうなる?」
恐る恐るエラーがイノーさんに尋ねる。
とんでもない情報量がほんの数秒の内に入ってくるとしたら……。
「脳の処理には限界がある。
一度に他人の人生で得た全ての情報が流れ込むことになるのだから……恐らく脳の機能に不具合がでてしまうのではないか?」
脳に不具合⁉
なんて危ない副作用だろう。
できる限りは、というか使わない方向性で考えた方が良さそうだ。
「そいつぁ、おっかねーぜ。
えーと……で、まとめると、俺はそのイノーの干渉存在とやらに登録してもらって、『壁外調査』の時にその様子を見させてもらえばいいんだな」
「まぁ、そんなとこだ。
きっと常に見続けていることは難しいだろうから、本当に見てほしい時だけ共有しよう」
「おー、助かるよ。
一応、俺も仕事のために行くもんでね。
ちなみに、干渉存在になるには、何すんだ?」
「あぁ、それは簡単なことさ。
三十秒間、お互い直に肌に触れ合いながら、ワシが脳内にある干渉存在
「ほう、そんなのでいいのか。了解したぜ」
エラーの言動を受け、イノーさんはエラーに手を差し出す。
手と手を触れ合わせる、握手をするらしい。
直接肌と肌を触れ合わせるなら、一番手っ取り早い方法と言えそうだ。
大体の内容は理解できたし、そろそろイノーさんの大演説も終わりを向かえることになるだろう。
気付けば、もう三十分は優に過ぎていた。
ダラダラと話されては残り僅かの修行時間が、どんどん少なくなってしまう。
イノーさんらは、結んでいた手を放した。
どうやらエラーが、干渉存在として登録されたみたいだ。
その時、俺の右手に何かに
ここには俺とエラーとイノーさんしかいない。
ゾッとして右手の方に顔を向けると、腰を深めに曲げながら俺の手を握るイノーさんの姿があった。
思わず半身仰け反り、顔を赤らめる。
「な、何してんだよ!」
俺の拒絶に被せるようにして、イノーさんは意外な反応を見せた。
「今回はすまなかった、ザビ少年!
やってしまった過去は変えることなどできやしない。
……でも、それでも! 君に謝っておきたかったんだ!
君はワシを信じ、慕ってくれていたのだから!」
顔を地面に向けていることもあって、その表情は窺えない。
でも、声は明らかに動揺していて、心なしか震えているように感じた。
そのまま三十秒ほど経って、手をゆっくりと放す。
「お詫びと言ってはなんだが、ザビ少年、君も干渉存在に入れておいた。
ワシに何か頼みたいことでもあれば、是非発信してくれ」
俺が反応を示す前に深くお辞儀をするような形を保ったまま、イノーさんは身を引いていく。
そのままくるりと元来た塔の方に身体を向けて、そろりそろりと前進を始めた。
「じゃあ、また『壁外調査』当日に会おう!
集合場所は、北の
時刻は、恐らく正午頃だと神託にはあったから、集合はその三十分前の十一時半だ。
遅れはもちろん、忘れは以ての外だぞ!」
「わかったぜ、
またな!」
イノーさんの突然の訪問は、嵐のように過ぎ去っていった。
会う度に、話す度にイノーさんのことはわからなくなってくる。
また騙されてるんじゃないか。今回は、信じてもいいのだろうか、と。
複雑な思いを抱え込みながらも、その日の修行に打ち込むのだった。
試験当日まで、残り十五日。
✕✕✕
修行後、前触れもなく脳内に誰かの声が刺すように響き渡った。
あまりにも唐突な
――アタイはもう……ダメかもしれない……。
悲痛な叫びは、俺にだけ聞こえるみたいだ。
エラーは、いつものように仕事に向かう準備をしている。
というか、この声と一人称、どこかで……。
――何があったんだ、お前は誰だ?
……返事がない。
誰がどこで困っているのか、それがわからなければ助けようがないじゃないか。
――あともう少し、もう少しで…………この世からお別れできる。
『この世からお別れ』。その言葉が聞こえた時には、もう地面を蹴り、走り始めていた。
何が何だかわかったものではないが、身体は考えることをまるっきり忘れているようだ。
本能が、助けを求める誰かを救うための行動を開始した。
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