3-54.『膨力者』(前編)

※今回からまた、ザビ視点に戻っています。



 一秒が限界まで引き延ばされる感覚があった。

全ての事象が遅くなり、瞳孔は大きく見開かれる。

前方斜め上、その健康な体格が存分に反られた影の後ろで、太陽が輝き、そしてその横で、何かが一直線に降り注いできていた。

 その一瞬に見えたのは、エラーの『煥発熾火摧破撃カニス・ルプス』の構えと、天上から降ろされた赤い光。

エラーの攻撃は予想の範囲内だった。でも、赤い光には知る術がなかった。

誰が予想できたというのだろう。

 この現象が起こったのは、決して初めてではない。

王都竜討伐戦よりも前、オズと共に過ごしていた時にも、俺は一度だけこの光に襲われた。

あの時は膝から崩れ落ち、過呼吸に陥るという最悪な二次被害も起こっていた。

 あの時にも色々と、頭を捻らせた。

前例を受けた上での考えでいけば、赤い光は『神様』の神託である可能性があるという結論だった。

あくまで推測の域を出ない。

『今』、あの時のように頭を捻らせている暇もない。

 時間にしてみれば、あっけない道程。

巡った思考は、多分頭に残っている方がいい。

この光によって何が起こるかはわからないが、俺にはこいねがうことしかできやしない。

それでいいのだ。それがいいのだ。

これからの苦難に、迷って泣くな。

立ち止まって蹲って、弱音吐いて、朽ちていくな。

『勝ち』は、まだ終わっちゃいない。

俺達の物語は、『今』ここから始まると言っても過言ではないのだから。

 最初にエラーの一撃が、俺の胸を打ち抜いた。

衝撃は知っていた。

理解と現実の差分も知っていた。

言い知れぬ苦しみは、予定調和のように俺を喰らった。

言葉にして片付けるのは容易かった。


――痛い。苦しい。死ぬ。


 俺は何度死ねば気が済むのだろう。もう死ぬのは御免だと、身体は正直を手放せないのに。

運命は俺を許してくれない。

万物による破壊でも形を変えない鋼鉄の塊アダマンタイトのように、現実は悲運を曲げなかった。

 そして、接触する赤い光。

これは『神様』の意志か、或いは絶望の啓示であるか。

何にせよ、こちらも苦しみは確約されている。

先の記憶は鮮明に思い出されていた。

構えてもきっと意味はないと、分かってはいるのに。

 全身を走る電撃が初動の痛みだった。

それから投げ出された空中に、何の支えもないままに、鈍器で殴り飛ばされたかのような鈍痛が連鎖的に全身を揉んだ。

涙も、声も、垂れ流されていたと思う。

涙は滝の様相を、声は絶叫の様相を纏い、息の詰まる拷問を体現した。

 意識が飛ぶのは早かった。

当たり前だ。常人が何年もかけて味わうような痛撃が、二つ一気にその身に降ってきたのだから。

地面に崩れ落ちたであろう俺は、何もわからなくなった。

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