2-47.消えない種火

※今回は、ムネモシュネ視点から話が展開されていきます。



 私はもう見ていられなかった。

オズが、私の目の前で、足を動かせば容易に駆け寄っていける距離で、無残に殺されたのだ。

もう何も見えなくなる。気付けば、膝を折り、地面に手を付き、力なく項垂うなだれることしかできなくなっていた。

肉塊が飛び散る音も、血飛沫が妙に生々しく地面を跳ねる音も、何もかも聞こえない聞こえない聞こえない!

もうどれもこれもが意味を成してはくれないのだ。

私は、オズのために生き、オズのために逝こうと思っていたのだから――。




✕✕✕





 蜂の巣になったケルーの身体を見て、俺は幾分かの勝機を見出そうとしていた。

このまま勝負を放り出してしまえば、相手の思う壺になってしまうからだ。

オズの死、絶対に無駄にしてなるものか。俺は足りない頭を引っ提げて、攻略法を考え始めた。

どうすればケルーを窮地に追いやり、あわよくばオズの二の舞を演じさせてやれるだろう。

俺があれこれ頭をひねっていると、ケルーは短時間で悶えるような動作を停止させ、途轍もなく早い復活を見せてきた。

いくら何でも早すぎやしないか⁉

俺達に、長考の隙を与えねぇって……いぃや、相手に気を取られ過ぎていても仕方がない。

傷を負わせている内にやらなきゃ、もったいないにも程がある。

とにかく攻撃をしていく中で、突破口をけていこう。

そう考え、俺は破壊の影に沈んだエイム・ヘルムの地を走った。

俺を見て、あからさまに不敵な笑みを浮かべるケルー。

その圧に心臓を鷲掴みにされたかのような心境が芽生えてくる。


「あっれぇ? まさかオレに勝とうとしてたりするんスかぁ?

ヤだなぁ、そうやって叶わない希望に縋ってる奴見んのはさぁ!」


「何が言いてぇんだ!

今のお前はどっからどう見ても瀕死状態だろぉが!

空元気も鏡見てから言えってんだよッ!」


「ははぁ~ん、その減らず口もを見てから言うっスよ!

――『地獄蜘蛛糸イーンフェルヌス=クーラーティオ』」


 そう言い放ったかと思えば、ケルーの身体からあの光線と同色の煙が排出され始める。

頭頂部付近を起点に細かく分かれて、無数に空いた穴の元へとそれぞれで収束していく。

そして、一気に皮膚面に結集して刹那、瘡蓋かさぶたのようなものが剝がれると、その穴は


「なん、だと……!」


 俺は、もう幾度目かも忘れた絶望を味わう。どこまで俺達を虚仮こけにしたら気が済むのだろうか。

きっと攻撃を受けた直後に、自分の身体を直すこともできたのだろう。

だが、一度手を伸ばした先に『希望』があると錯覚させてやることを、ケルーは選んだのだ。

じゃあ、一体俺はどうしたらいいんだ……?

ケルーに向け、踏み出していた足も次第に元気を失っていく。その時――。


「おい、ザビっち!

そこで止まっていいのかぁ?」


「そうだぞ、ザビ少年!

オズ少年の決死の魔法は、恐らくかなりの痛手になっているはずだ。

もし何ともないのなら、即刻全快させても良いものをあんなにチマチマやっているじゃないか!

勝機は必ずある! だから、前を見ることを諦めるなよ!」


 皆が、俺の背中を押してくれている。

皆が、俺の中に眠る心を呼び起こそうとしてくれている。

皆が、俺の原点の点火への強い渇望を見せている。


「――俺は、ずっと昔から諦められない理由を知っていた。

俺には、変わらない原点が、今もこの胸で燃えている。

『神様』は、乗り越えられねぇ試練は与えねぇから、だから無理だなんて言わねぇんだ!

皆、ありがとう。最後まで走ってみるぜ!」


 そう言うと俺は、迷わずケルーに向かって一歩一歩進んでいった。

その速度はどんどん上がっていき、そう遠く離れていない敵方に肉薄する。

標的ターゲットは、上空で俺を下卑た笑みを浮かべながら待ち構えていた。

俺はただ、俺にできることをやるだけだ。脳内にある戦略を、現実に起こしていってやろうじゃないか!

やったことなどないが、この土壇場で成功させなきゃどうしてを使えるようになったってんだ。


「一か八かだ――『捏造ファブリケイト』」


 俺は祈るような思いで、イノーさんの魔法を唱えてみた。

試験当日まで、残り五日。

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