2-46.命の布石

 目の前に起こった出来事に、俺はただ立ち尽くすことしかできなかった。

最初に空を泳いだのは、右腕。次に、左腕が飛んだかと思えば、目に映える血飛沫が視界を赤く染め上げた。

命の音を木霊させながら、地面に飛び散っていく様に、俺は戦慄の色を隠せない。

一度目に打たれた時の比ではない出血量を目の当たりにし、思わず目を見張ってしまう。

さっきまでは片翼しかなかったが、今度こそ完全体になってしまった。

できるなら、こんなものは見たくなかった。

でも、その光景が今、空想する間もなく覆しようのない現実として映し出されている。


「その魔法を解除するんだ、オズ!

なんで……なんで死のうとしてんだよッ!」


 俺の絶叫も虚しく、集中砲火は鳴り止まない。

止めどなく弾丸を浴び続け、被弾する度に、生を削り取った声が漏れ出た。

見ていられなくなった俺は、オズに駆け寄ろうとする。

黒赤の光線の軌道を避けながら、必死に近付いていった。

すると、その行動に一石を投じるように、オズはこちらに振り向いて強い拒否反応を示してくる。

あからさまに俺を拒む顔をし、何かを伝えようとしてきていた。

敵方の攻撃は緩むことなく刺さり続け、オズの体積を抉り飛ばしていく。

俺の視線は、あいつから少したりとも離れてくれない。


「クッ! ほ……んと…………はッ!

…………じゃな……いネッ!

……この魔法はッ…………相手……のこうげッ……きを…………はねッ!」


 その言葉の続きは、俺達の頭上を舞い、

ケルーの光線が、ついにはオズの頭部を打ち抜き、首から上を残らずもっていったのだ。

俺は思わず口を抑え、膝から崩れ落ちる。

もういい、やめてくれ。未だ降り続ける暗黒の雨が、オズを舐め喰らう。

 その光線が止んだ時、そこにはもう何も残っていなかった。

地面にこびり付いた、何がいたかもわからないような赤く焦げた文様。

文字通り消し炭となったオズを見て、視界が歪む。

地面には丸い模様がいくつも浮かび上がって重なっていった。

幾重にも幾重にも塗りたくられ、そのひずみが濃くなった時、俺はケルーに目線を上げる。


「――俺はもう、お前を許さねぇ。

オズの痛みも知らねぇで、バカスカ打ってきやがって……。

お前にも、同じだけの苦しみを与えてやるから覚悟しとけや!」


 俺が相手を見据えた時、あることに――ケルーの身体の至るところに穴が空き、勢いよく腐血を滴らせていることに。

オズが打ちのめされているのに目が奪われて、周りのことになんか一切の注意が向かなかったからわからなかった。

自分の身体に穴が空いていることには、ケルー自身も今気付いたらしく、たまらず目を引ん剝く。と同時に、激痛に悶えるようにして、空中で自らを抱きかかえる様な格好を取り始めた。

そうか、オズは――。


「まさかお前――――オレの攻撃を反射していたとでも言うんスかッ⁉」


 オズが敗れ去り、俺達には何も残らないと思っていた。

だが、ケルーには無数の攻撃痕あなが空いており、オズの魔法がしっかり発動していたことが発覚する。

きっとあいつは、ただ負けに喫していた訳ではなかったということなのだろう。

もしそうだとしたら、絶望の野に咲く、一輪の希望の花となってくれることを祈ろうじゃないか!

試験当日まで、残り五日。

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