2-45.地獄の再起
その右胸には、ぽっかりと穴が開いている。鮮血が舞う様、それはさながら
図らずも人類の仇と重なってしまう。だが、そんなことに戦慄している暇などない。
俺は頭で様々な感情が飛び交う前に、右肩から崩れ落ちる
無駄のない、流れるような所作に、もはや自分自身さえも驚く。
そのままの勢いで抱きかかえ、必死の形相で呼び掛けた。
「おい、オズ! 俺だ、ザビだ!
聞こえてんなら反応して見せろッ!」
「…………」
何の反応も返ってこないことに危機感を覚える。
口をパクパクさせ、僅かながらにも呼吸をしているのはわかるのだが、肝心の意識が取り戻せていないのだ。
ここで、一つ気が付いた。……そうだ、俺は今、仮面を着用している。
顔が覆われている分、誰だか判断できていないのかもしれない!……そうさ、きっとそうに違いない!
思い当れば即座に行動に反映する。片手で器用に支えつつ、空いた手で仮面を取り外した。
身体を一手に引き受けた右手は、オズの手を握っている。ピクリとも動いてくれない指先が、恨めしくて仕方がない。
ちょっとでも動いてくれれば、いいんだ。頼む、動いてくれよ!
「この顔を見てみろ、俺だ!
ザビだぞ、俺が、ザビ・ラスター・シセルだ‼
前みたいに軽口叩いてみろよ、オズッ‼」
この発言には、まさかの後方から驚きの声が聞こえてきた。
今、そんなのに付き合っている暇なんて――。
「はぁ⁉ ザ、ザビっちってまさか、シセル家の人間なのぉ!」
そう言えば、本名で自己紹介をしていなかったっけか。
……だからと言って、今はそんなこと関係ないだろ!
突拍子もない確認を押し付けてきたアナに、そうだが、後にしろ!と叫んで、適当にあしらう。
それよりも、何よりもオズだ。早く、早く声を、俺を呼ぶ声を聞かせてくれ!
すると、俺の思いを知ってか知らずか、指先に力が戻るのを感じた。
「オズ……?」
「お、この声はザーカナ?
まだ『目標』は達成してないはずだけど、なんでいるノ……?」
酷く弱った、小さな小さな声だった。
もう今にも消え入りそうで、泣きそうで……死んでしまいそうな声をしている。
俺は、名前を呼ばれただけでも飛び上がるほど嬉しかった。
だから、生温かく広がって傷口から溢れ出た血が、俺の服を赤く染め上げていくのにもさほど気にならなかった。
「あぁ、ザーだ。覚えていてくれて、あんがとよ。
『目標』果たさなきゃ、会いに来ちゃいけねぇのかよッ!」
「ハハ……。確かに、そうだネ。
こうやって会いに来てくれるなんて泣いちゃうヨ……」
いつもみたいに語尾が伸びていないし、笑い方にも覇気を感じられない。
本気で、さっきのは痛手になっているようだ。
今は、休んだ方が得策だろう。こいつにはまだ生きていてもらわなきゃ困るってんだよ。
俺が後方に下がるように促そうとした時、オズは俺の胴体を支えにしながらゆっくりと立ち上がろうとしてきた。
「おい、やめ――」
俺の決死の引き留めにも耳を貸さず、苦戦しながらも立ち上がるオズ。
重心を自身の足にもち直し、再び一歩ずつ前へと進んでいく。
俺があいつの手を掴もうとすると、バッと後ろに手を伸ばし、邪魔をするなとばかりにその行動を抑止してきた。
「さっきは先手取られちゃったけど、私、強いからサ。
安心して見ててヨ……」
振り向き様、覗かせた眼光に、俺は確信した。
あいつは――オズは、嘘偽りなく真正面から敵様と勝負するつもりだ。
「そっちのゴタリ、片付いたっスか?
てかまだ死んでなかったとは、なんかとんでもなくしぶとい奴っスね!
でも、もう殺すっス!」
「というか、貴方、自分の名も名乗らずにいきなり攻撃を仕掛けてくるってどういう心境カナ?
私の名前は、オズ。貴方を倒す者ヨ……」
この絶体絶命なタイミングで、オズは勝負の礼儀作法を相手に求め始めた。
これには、相対する敵方も心底可笑しそうにしながら、顔を覆う。
「なんスか、急に。時間稼ぎかなんかっスか?
まぁ、冥途の土産に教えてやるっスよ、あーオレ超優しい~。
オレの名前はケルー!
『
そして、お前を……」
敵方が自己紹介を終える前に、オズからも反撃の引き金が引かれる。
その動きに対し、ケルーとかいう奴は何の対抗策も打ち出せない。
「貴方の言う通り、時間稼ぎネ。
これで終わりだヨ――『
ケルーは覚悟したように目を閉じたものの、一秒二秒経っても一向に効果のようなものは
何も起こらないことを悟ると、勝ち誇った顔付きになり、お得意の濁声を上げ始める。
「ギャッハッハッハッハ!
もしかして魔法、とか打とうとしたんスかぁ?
あれれ、何にも起こってないっスけど、確かオズさんの魔法って記憶を呼び起こさせる奴じゃ……?
オレ、な~んにも呼び起されてないっスけどねぇ~!」
オズが魔法を使えることは敵側にもバレていたみたいだが、魔法自体は俺の知るものとは異なっていた。
オズには、俺に隠してた魔法があったとでもいうのだろうか。
そんなことより、もし魔法が発動失敗してたとしたら――。
「こんな茶番にゃ付き合ってらんないっス!
もう全員まとめて散ってしまえ――『
血塗られた黒球は更に巨大化し、幾千もの超速光線となって俺達に降りかかってきた。
いくら修行をしてきたと言えど、全員が攻撃対象となっているこんな技を食らえば仲間もろとも一網打尽になってしまうことだろう。
ヤバい、なんか策を考えねぇと……。
そうこうしている内に、光束が直ぐそばまで迫ってきた。
あと三秒後には被弾する。そう思った時、目を疑い、一秒後にはその目を覆いたくなる出来事が眼前で巻き起こった。
――俺達の頭上、手を伸ばせば届くほどの距離にまで到達していた暗黒の光線が、一つ残らずオズに向けて方向転換し襲ったのだった。
「オズ! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお‼」
試験当日まで、残り五日。
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