4-5.生きとし生ける万物讃歌Ⅰ

※前半はムネモシュネ、後半はサバス視点で展開されていきます。

※サバスはムネモシュネが天界にいた時に、従者をしていました。

久しぶりの登場となりますが、何をしていたのでしょうか?

そちらにも注目です!



 私もその事実を聞いた時は、驚くよりしょうがなかった。だが、その後、一つの疑問が生まれた。

天空の世界は、縦構造になっている。

基本的に一本道となり、下から順番に登っていくしかないのだ。

だから、仮に二階層『英雄の領域』が『死の救済マールム』の手に落ちているとすれば、これは大問題となる。

なぜなら、この『死の救済マールム』側にとってみれば、不都合極まりない任務を受けている存在をそう易々と自領域の通過を許すとは思えないからだ。

このことが少しでもバレてしまえば、きっと全力で止めに来る。


 『死の救済かれら』のことだ。どんな手を使うことも厭わないだろう。

私のオズとの契約に干渉しようとしてくる時も、強引な手を使って迫ってきた事例もある。

途端に不安に襲われた。

その由を使者であったロビさんに伝えると、快い返答とまではいかないまでも、当日は何とか上の階層へと円滑に登れるよう助勢サポートしますのでと、胸を叩いてくれた。

その言葉を受けた以上、信じてあげるより他にない。私も強くは言えない立ち位置にいるのだ。

協力したい気持ちも、勿論十分あった。

だから、任せた。全て丸ごと投げていた。


 結果的には、襲われることなく無事に最上階まで辿り着くことはできたが、やはり二階層だけ全く別の領域であることを思わせた。

言葉で言い表すのが難しいが、『死の残り香』とでも言うのだろうか。

どこか懐かしいような、どこか恐れを煽るような、不思議な匂いだった。

とにかく、何かが働いてくれたことは確定的だ。

知らない誰かに感謝しつつ、話を進めよう。時間はあるようでない。

決戦は既に始まっている可能性もある。

情報に疎い自分とは、疑って会話するべきだ。だから、できる限り急がなくては。


「……でも、こうして無傷でここまで来られたのが何よりのことです。

話はまだあるので、どうかそちらの方に耳を傾けてほしいです」


「いやぁ、まぁ……そうだな。『今』すぐにどうこうできる問題でもないし。

話を聞いた後からでも、やれることなんじゃないか?」


「ふン! ゼウスの決めたことなら俺は従うぜッ!」


「もう帰りたいし、ムネモシュネちゃん、早く話してよ」


 一定数の理解が得られたところで、私は真の本題へと入っていく。

結局、概念から入ってしまっていたことに今さら気付いたが、もうそれこそ今さらな問題だろう。


「人類に力を貸す。それは即ち――『幻の十一柱目』の復活地点を一旦消去してもらいたく思っているのでございます!

それが、全ての輪廻を破壊し、新たな世界を創造することにつながるのです!」


「ネムちゃん、一体どういうことだ?」


 ゼウスの動揺がありありと伝わってくる。でも、ありがたい。

かなりの食いつき具合だ。これなら、いける。

押し込もう、これが決まれば、ザビさんは世界を知る、いや――『神様』の『答え』を知ることになるのだから。

私は静かに口角を上げ、口を開いた。




✕✕✕




 ――サバスと言ったか? お前に頼みたいことがある。

これは、お前にしか頼めないことだ。


 ここは天空二階層――『英雄の領域』。

本日、長らく逢うことのできていなかったムネモシュネ様が、追放された身の上ながら、再度天空の地にやって来るのだという。

これほど嬉しいことはないが、素直に喜べない自分がいた。

なぜなら、ムネモシュネ様が来るとは言え、直接逢って話をすることは禁止事項であると釘を刺されたからだ。

更に、この天空二階層にはムネモシュネ様を脅かす悪が存在することが発覚しているため、その討伐をお願いしたいと、とある『神様』に言われてしまったこともその理由となっている。


 これは、とある『神様』の高い地位も然ることながら、天空でも最底辺、天空一階層にまで、その『神様』のみで訪ねてきており、本気度の高さも透けて見えるような依頼だった。

一階層に留まっても何も生まれないなら、少しでも動いて一瞬でもムネモシュネ様の顔が見たい。

あんな別れ方になってしまったからこそ、元気な顔を拝んでおきたい。

そんな思いが芽生えたおいらは、秒で依頼の快諾を伝えた。


 そして、やって来たこの二階層。

来た時から漂っている、不吉な予感。

この不穏が成就しない世界線であってほしいが、きっとそうでないからこそ、とある『神様』――時の神クロノスがやって来たのだろう。

 討伐と言っても、おいらにできることはそう多くない。

ムネモシュネ様の従者として、弱い魔法なら扱うことができるが、現在はその関係性もほぼ形骸化している。

きっと『今』使うとすれば、その残り火程度の威力しか望めないだろう。

 もし仮に相手が『神様』であった場合、きっと勝ち目はないに等しくなる。

あまりに微弱なこの力では敵いっこない相手だ。だから、とりあえず下級の悪魔程度であることを希望する。

あくまで希望だが、可能性の範囲は物語の主人公でもない限り、広がってくれないのだ。

おいらがそんな存在ではないことは、もう長く長く生きてきた中で、誰よりも何よりも理解していた。

でお腹は膨れないから、『今』の実感が全てなのだ。

この身に宿る、最後の魔法で、標的ターゲットを倒して……やり、たい。


 待て。アレはなんだ。

眼前、三柱先をゆっくりと歩く影に、おいらは戦慄わなないた。

言われていた外見的特徴、黒っぽい布地を全身に纏い、髭を蓄えた悪人面をしている輩。

魔物ストルム』の如き眼光を携え、骨ばった手からはひっきりなしに絶望の旋律が奏でられていた。

これが、敵……。名前は確か、そう――タナトス。

 おいらは長らく辺境を生きてきた。

そのせいで、タナトスなる存在が、何であるかわからなかった。でも、『今』ならわかる。

アレは、アレは正しく『神様』の風格だ。

 あぁ、最悪な事態に巻き込まれた。

おいらは、一体どうすればいいのだろう。

全力を出し切っても敵わないと、全身が叫び散らかしている。

己の魂を賭しても生きては帰れないと、全身が喚き散らかしている。

天地がひっくり返っても身に降る悲運は変わらないと、全身がケダモノの慟哭を吐き散らかした。


 ……でも。おいらがもし、ここで逃げたなら。彼女は、ムネモシュネ様は、生きられるのか。

敵うのか、生きて帰られるのか、希望を掴み取ることはできるのか。

わからない。確定した未来なんかない。

でも、生きてほしい。笑っていてほしい。

惨めな神生を送ってきたからこそ、最後くらい幸せがあったっていいじゃないか。

おいらの命なんか、『神様』からしちゃ随分と矮小なものだろう。

こんなちっぽけで、どうしてあげることもできなかったおいらの命なんて、惜しくも何ともない。

行こう、逝こう。こんな最後も悪くない。

ロクでもない死に方よりずっとマシだ。


だって、だって――おいらの最愛の『神様』のために、その身を捧げることができるのだから。


 おいらは、気付かれないように近付き、奇襲を仕掛けようとする。

これが決まらなければ、きっと終わりだ。

呼吸を合わせ、タイミングを見計らい、敵前へと飛び出した。

目と目を合わせ、もう何万回と練習して使えるようになった魔法を解き放つ。


「――ムネモシュネ様、貴方の力がおいらに最後の花をもたせてくれました! ――『回顧リコレクト』!」


 効け、止まれ、時間を、一秒でも多くの時間を奪い取れ。

思いは止まらない。止まれない。

倒すのは無理でも、足なら引っ張れる。

時間なら稼ぐことができるかもしれない。

可能性が少しでもある方へ賭けをする。


 タナトスの様子を見た。瞬間、動きが停止されていた。

やったかと思った次の光景では、おいらはタナトスの拳の餌食となっていた。

これが効かなかったんじゃ、もう無理だ。

 ……でも。でも、諦めたくない。

駄目だ。挫けるな。

ここで倒れたら――いつ彼女が救われるんだ。

行けよ、歩けよ、おいらの足は地面に這いつくばるためにあるんじゃない。

前だ。先だ。一歩でも進め。

立て。歩け。走れ。ほら、早く。

もっとだ。もっともっともっと……。

おいらが彼女を守ってみせる――。


 飛ばされ、地面に倒れた後、やっとの思いで立ち上がると、再度タナトスの元へと駆けていった。

どんどん距離はなくなっていく。

眦を決し、右拳を引く。

魔法が効かないなら、今度は拳だ。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!」


 これはただの蛮声だった。

何かできる訳でもない、無力な男の独り言だった。

それでも、声を上げなければ、立ち向かっていくこともできないから。

弱くて意気地なし。そうか、こんな時になって理解した――。


 タナトスは一歩も動かず、拳を振るった。

鳩尾に痺れるような痛みが走り、内蔵が体内で破裂していくのがわかった。

あぁ、もうきっとこれからは、ムネモシュネ様と一緒に生活なんかできないな。

もっと話していたかったし、もっとおいらの心配を聞いてほしかった。

ごめんねって平謝りして、でもどこかで正当化して反論してくるような、そんなどこにでもあるような、ありきたりな会話の連続をする。

そんな淡々とした日常が、こんなにも愛おしいなんて。

あぁ、おいら。少しの間だったけど、ムネモシュネ様と暮らせて幸せだったんだ。

さようなら、直接言えずにごめんなさい。


「……ほ、ほんと、うに……。おいら、心からっ……!

ああ、貴方のことを……、い、いやムネモシュネ様のことを、愛していたんですよ!」


 そう、愛していた。彼女は気が付かなかったけど、おいらはずっと恋い焦がれていた。

でも、相手にされなかった。それでも良かった。

一緒にいられるだけで、幸せだった。

軽口を叩く貴方が好きだった。強がってみせる貴方が好きだった。

そのくせ、弱虫で泣いてばかりいる貴方が好きだった。

おいらが傍にいてあげなくちゃ、そう思わされた。

勝手な思い上がりだ。単なる従者風情が生意気言うなって話だった。

それでも――。


 おいらは何度突き飛ばされても、立ち上がって、抗った。

反抗の意志を常に出し続けた。次第に拳も出せなくなる。

そうなれば、今度は頭を使った。足を使った。

終いには、歯を使って噛みついてやった。

少しだけ歪んだ顔が見えた。

おいらの瞳は、まだ死んでいなかった。

まだ、まだ、まだ。まだ足りない。もっと要る。


 ……ムネモシュネ様、もう行ったかな。

おいら、頑張れたかな。

最期くらい、貴方のために、生きることができたかな――。


 静かに倒れ伏した地面は、どんどん冷たくなっていく。

きっとおいらはもう死ぬ。結局、伝えられずに死ぬことになった。

最期まで臆病な自分だった。


 そう、鳩尾を殴られた時、こんなことを理解した。――おいら、『幻の十一柱目』のことを悪く言える権利なんて、なかったんだ。


 頭上、冷酷に落とされる視線があった。

タナトスは目立った外傷もなく、この戦いに勝利した。

きっと味気ない戦闘だった筈だ。でも、それでいい。

ムネモシュネ様、貴方のために戦えたから。

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