4-4.地道、岨道、茨道Ⅱ

※今回も前回と同様、ムネモシュネ視点から展開されていきます。



 第三関門は、対等な会話だ。対話ではなく、をする。

対話はどちらかと言うと、敵対意識をもって行うような印象を受ける。

だが、会話と言うと、心を通わせてお互いがお互いを尊重しているような印象を受けるのだ。

単なる言葉の使い方でしかないが、こうやって自分のことを、そして相手のことを考えるところから、要求を呑んでもらう舞台が出来上がっていくのだろう。そう信じて、会話を試みようとしてみる。


「……さて、では。これよりは私達『神様』も人類も関係ない、中立の立場から一つ提案を、いや、依頼をさせて頂きます」


 誰も口を開かないのは、きっとその内容によっては処さねばならなくなるからだと推測される。

血生臭くなった空間には、適度な緊張感が漂っていた。でも、もう私は止まらない。

私にでも進める道があることを知ったから。

それが例え、地道が大前提で、岨道や茨道が続いていたとしても関係ない。


 ――私の脳内には、オズのためにずっと戦ってくれていたザビさんが思い出されていた。

オズは一人ぼっちで泣き虫で、カッコつけたいばかりに、強がりな様子を見せていた。

私が何かの啓示を与えようとも、必要ない、私には私の生き方があると、最初は拒んでいたくらいにだ。

オズを助けよう。私も私で、そう言葉で力んでいた。

だけど、言葉は言葉でしかなく、実感がもてなかった。もたせてもらえなかった。

反応を見ていれば、直接の言葉がなくともわかってしまった。

オズとしても、質量のない思いやりに価値を見出せなかったのだ。

 だからこそ、ザビさんの存在は大きかった。

誰よりも強がるから、誰よりも孤独を知っていた。

誰よりも一人でいる時間が長かったから、誰よりも人生を生きれていなかった。

そんなオズの課題を知ってか知らずか、ザビさんは短期間で劇的に変えてしまったのだ。

 生きることは活かすこと。

私がそう伝えても、言葉だけでは実感が伴わない。散々思い知らされたことだった。

そこに形を、時間を与えてくれたのがザビさんだった。

共に同じ方向へ進み、共に同じ物を食べ、共に同じ場所で寝る。

当たり前が当たり前ではなかったから、知らない幸福だったと思う。

徐々に笑顔が増えていき、生意気を言うようになっていった。

オズにこんな顔ができるんだ。

こんな行動を取れるんだ。

こんな人間だったんだ。

こんなこんなこんな……。

初めて知ることのあまりの多さに、時に落胆し、時に歓喜しながら、二人の関係性の発展を応援していた。

その過程を見ている時、私はここまで見続けてきたのは、と実感がもてた。

 初めての実感だった。

観察を始めたのは、もうエイム・ヘルムに来て間もなくの頃だった。

それから数えれば、五年の間、私はオズに何もしてあげられていなかったことになる。

その事実は悔しいと共に清々しかった。

私は救えなかった。だが、大事なのは誰が救ったのかではなく、どう救われたかだ。


 さぁ、今度はザビさんが救われる番。

その役回りに抜擢されたのがたまたま私だっただけ。

オズを救ってくれた恩人ならば、私にとって尚更大事な任務になった。

もう覚悟は決まっている。

深呼吸をすることも、目線を合わせることも、前口上を話す必要も、何一つない。

逃げも隠れもしない。見つけた道で、思いを胸に突き進むだけだ。


「ゼウス、そして、皆さん! 人類に力を貸してください!

人類は『今』、未曽有の竜災害に見舞われ、多くの犠牲が出てしまっています!」


「……『死の救済マールム』か」


 誰かの声が聞こえた。

あまりに小さく、皆顔を俯けているので、誰であるかは特定できない。

それでも、さっきも言った。関係がない。

私は何でも使えるものは使っていく。


「そうです。死の神タナトス率いる『死の救済マールム』が、数多の複製体竜を違法創造しています!

これにより、人類は『神様』を恨み、いつしかなる禁忌を犯そうとしているのです。

これは偏に、タナトスが元凶と言って相違ないです!」


「では、俺達には『死の救済マールム』の抹殺を頼もうとしているのかな?」


「『死の救済マールム』について、知ってはいたけれど、それ程までに被害を与えているとは……。

ほんっとにタナトスって気持ち悪い」


「あァよ! 胸糞悪いったらねェぜッ!」


「でもさぁ、なんでオレっち達が、そんな危険が人類を襲っていることを知らなかったんすかね……」


「確かにそうだ。ネムちゃん、何か知ってるか?」


「……はい。ここには下の階層から順番に上がってきました。

天空一階層『鉄の領域』、天空二階層『英雄の領域』、天空三階層『青銅の領域』、天空四階層『銀の領域』と。

その中で一階層だけ、不穏な雰囲気の漂う階層があったんです」


「ほう、それはどこなんだ?」


「はい。それこそが――天空二階層『英雄の領域』なのです」


「『英雄の……」


「……領域』?」


「そこは中流階級の『神様』や天使の暮らす、天界の中でも比較的平和な場所じゃないか!

そんなところで、一体なんで……?」


「実は、ここに来るよう促された時、ある『神様』から伝言を預かったと、その場に来た使者は言っていました。

そして、その気になる内容はこうです――二階層は通る際は気を付けてください。

なぜなら、『死の救済マールム』が我が物のようにして独占していますから、と」


「な、なんだ、と……!」


 その場にいた誰もがその衝撃の事実に参ってしまった。

天界、それはゼウスが全体を取り仕切る、絶対的領域。

誰も勝手に侵略や、私物化することは許されていない。

それなのに、その禁忌に触れている存在がいた。

それも、これから対峙するであろう、諸悪の根源である可能性が高いときた。

誰しもが何かと思う節があった。

それは怒りか、それとも嘆きか。

それは悦びか、それとも興奮か。


 何にせよ、ここにいる者に誰一人として、下を向く者はいなかった。

全員が全員、同じ時間、同じ角度で頷く素振りを見せた。温かく、それでいて冷たい笑みをもって。

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