4-57.古の禁忌Ⅱ(中編)
※今回は、爺やの語りで展開されていきます。
――これは、遠い遠い昔の話。
私が生まれる前の世代から残されてきた、古の言伝です。
この件は、他言無用。
どうか驚かないで聞いて下さい。
その日は、酷く空が
遠慮なく降り注ぐ雨が地面を抉り、晴れ間は重く圧し掛かった雲の天井に閉ざされていたそうだ。
そんな空を見上げ、溜め息を吐く人影があった。
彼女の名前は、プリム。彼女は、王都の外縁部に位置するムムス孤児院で、日々集まってくる孤児の世話をしていた。
人に優しく、子供達に接する態度が常に温かかったこともあって、近隣住民からの評判も良かった。
孤児院は、決して裕福ではない。
若い頃に稼いだなけなしの貯蓄を切り崩し、何とか生活を続けているような状態だった。
だが、お金はなくとも、音は絶えなかった。
子供達の喚き声、泣き声、笑い声、そして、空腹を知らせる腹の虫は、引っ切り無しに空間を満たしていた。
また今日も、ルキウムで買ってきた肉を使って、子供達のお腹を満たしてあげよう。
きっとあの人達も来るけれど、別に悪いことをしている訳じゃない。
来た人には、漏れなく焼き上がった肉を振舞ってあげるんだ。
――私だけが犠牲になればいい。私が空腹であることが、皆を不幸にさせることはないのだから。
そもそも、その区域――平民階級区域ポプルスでは、多くの人がお金を持っていなかった。
そのため、庭で肉でも焼こうものなら、近隣住民であっても匂いに誘われ、その孤児院に群がった。
それも必然と言える現実だったのだ。何度も言うが、プリムは誰よりも優しかった。
皆、お腹を空かせているのは知っている。
となれば、自分の分を分け与えることを前提に、子供達、住民達に焼き上がった肉を惜しげもなく提供するのも造作もないことだった。
そんなことをすれば、更に財政が圧迫し、自分に栄養が不足してくることも明白。
どんどんと経済状況、健康状態共に、悪化の一途を辿った。
空の哭いていたその日も、買ってきた肉を網に広げ、焼肉を始めた。
貯蓄も半分以上消費し、もう孤児院としての運営継続も困難な時期にまで差し掛かっていた。
目元には、クマが滞在し、以前より白髪の本数が増えていた。
頭巾を被ることで、必死に隠そうとしていたそうだが……。
匂いに吸い寄せられる人々、彼らに対するプリムの反応は変わらない。
だが、一つだけ変わっていることがあったとすれば、そこに新たな孤児が含まれていたことだ。
身寄りを聞いても何も答えず、名前を聞いてもわからないと言う。
歳は丁度、成人した年齢程に見えたそうだ。
その時は、プリムもそっとしておいて、焼肉をご馳走した。
それから数日間、その少女は、孤児院から出ていこうとはしなかった。
孤児は毎日増え続けていたし、もう今さらだと、プリムもその時は思った。
ある日、少女は思い立ったように走り寄り、プリムにこう告げたのだという。
「スー、スー、スー!」
プリムには、何が言いたいのか理解できなかった。
それでも、何かを意図しているのだろうと、「スー?」と聞き返すと、少女は大きく頷いた。
その日から、少女のことはスーと呼ぶようになった。
スーの名前が付いてからは色々と早かった。
忘れていたであろう会話の仕方を、プリムと子供達が交流する様子から学び始め、いつしか一端の子供然とした会話ができるまでにはなった。
プリムだけでなく、そこで暮らす多くの子供と関わることでスーの社交性は磨かれていき、一つの転換点を迎えることになる。
――それが、孤児院単位での養子受け入れだ。
その家柄は、スー家と言った。
王族の血筋を引き継ぐという、正当な名家。
こんなことがなぜ起こったのか。プリムには、勿論結論の出ない問いだった。
プリム自身も使用人として雇用されることになり、ムムス孤児院は晴れて窮地を脱することができたのだ。
この孤児院丸ごとを養子として受け入れたことが、スーの尽力のおかげであることがわかった。
スーは私の目を盗んで、よく孤児院から逃げ出していたらしい。
道行く人が見ない振りをする中、一人の男性がスーに話しかけてきたのだという。
そう、彼こそスー家の当主だった。
そこから度々逢うようになって、当主の方からスーに興味をもち始めた。
スー家には跡継ぎがおらず、このままでは自分の代でこの家が途絶えてしまう。
それを避けるためには子を授からねばならないが、なかなか恵まれず、路頭に迷っていた。
そこで出逢ったのが、スー。その頃のスーには、類い稀な会話技術が備わっていた。
叩き上げの技術は伊達じゃない。
野生を生きてきたからこその、圧倒的支配力で、孤児院全員の養子入りと皆の母親役のプリムの雇用を確定させたのだそうだ。
俄かに信じ難いが、真面目な顔をして当主が語ったのだから、きっと真実なのだろう。
そこから、屋敷での生活が始まったのだ。
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