4-56.古の禁忌Ⅱ(前編)

※今回は、イノー視点から展開されていきます。



 あの本はどこから取り出したのだろう。

いきなり右手に収まっていた本を見て、ワシは暫く開いた口が塞がらなかった。


「長女のスー。彼女はオレっちのお気に入りだったんすよ。

そして、お前、いぃや……。君は彼女の容姿によく似ている。

何か知っていることはないっすか?」


 勝手に本を音読したと思ったら、今度は何だ。

次から次へと展開されていく話題に、目的を見失いそうになる。

ワシはザビ少年やエクに手出しさせないために、この『神様』達に勝負を挑んだ。

煽りを重ね、感情を昂らせ、正常な判断でも奪ってやろうと、そう力んでいたワシだった。


 だが、そこに仕掛けられたのは、ワシがスー家であることから派生したらしい、忘れ去られた悲劇の真相を提示すること。

理解に苦しむとは、正にこのことだ。

 因みに、ワシの脳内には、そのような歴史は記憶されていなかった。

もしそんなことがあったのなら、なぜ事の真相をワシ達の生きる『今』の世代に伝えられていないのか。


 『神様』に対し、劣等を感じるのは常日頃あること。

ましてや、ザビ少年が来るまでは『神様』になど勝てる訳がないと、弱気な暗黙の了解が一般に広く信じられていた。

そこに、少しでも人類に軍配が上がった伝説があるとすれば、変わってくる気概も見られるのではないか。

少なくとも『我世』の面々にとっては、願ってもみない事柄と言えるだろう。

たった一回、ザビ少年が『神様』から『勝ち』を奪っただけでも、『我世』の最高議決機関『五瀑征ステルラ』は歓喜したのだ。

言わずもがな、民衆もその限りではない。

寧ろワシ達よりもその光を求めていた筈だ。

 何か意図があったと勘繰るなら、やはり『神様』の都合。

悔しいかな、『神様』には全能とも言える能力が秘められている。

記憶の調節など、きっと容易いことだろう。


 何が知っていることがないかだ。笑わせるな。

お前達が隠してきたことなのだろう。

勝手に消して、勝手に胡坐あぐらをかいて、自分の恋事情がどうのなどという理由を引っ提げて、ワシに質問をカマしてきた。

どこまで中心を謳う。どこまでワシ達を踏み躙る。


「知っていること? 彼女の容姿? 君?

ふざけるのも大概にしてくれないか?

事件のことから『今』の質問まで、一体何を求めているのか、全く理解できないし、したくもない!

ワシはただ、何も怯えることなく誕生日会を開けるような、温かな世界がやって来ることを願っているだけだ。

不当に揉み消され、都合よく曲がる世界を描く『神様』に、この世界を明け渡してやる気はないぞ‼」


 言いながら、ワシは考えていた。――ワシの出自のことを。

ワシは裕福な家庭の元に生まれた。

王族の血筋、その末端。それだけで事は、悉く上手くいった。

何でも思うままに、人生を歩むことができたのだ。

趣味嗜好は一級品で、食事運動は最適解を。

気品あるお嬢様に徹するのは苦痛でなかった。

アナとは違い、自分を解放できる場所が、幼少期から確保できていたことが大きかったに違いない。


 でも、スー家に古くから仕えていた爺やに言われたあの内容。あれだけは、『今』でも鮮明に覚えている。

考えることが好きだったワシに、ある日爺やは屋敷中に仕掛けを巡らせ、一つの『答え』を導き出させた。


その『答え』こそ――『この家は、偽りに呪われている』というもの。


 当時は、意味がよく分からず、爺やに何度も尋ねた。が、爺やは一向に口を開かない。

そのまま、有耶無耶なままに時は過ぎ去り、やがて病床に伏した爺やは、囁くように語ってくれた。

その顔には、観念した、弱り切った表情が浮かんでいた。


 その大きな部屋には、ワシと爺やしかいなかった。

静かな時、親しみ深い声音、ゆったりと流れる空気の塊の温かさを裏切るように。

真実が徐々に紐解かれていく毎に、ワシの心をズタズタに切り裂いていった。

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