4-55.忘れ去られた悲劇(後編)

※今回は前回と同様、三人称視点で展開されていきます。



 ――『風光の壁パリエース』は、何者をも拒絶した。

そこを通ろうとする者には絶対的な天罰が下され、遊びでも『神様』は近付かなくなっていった。

時に皮膚を焼き、時に骨を砕き、時に記憶を改竄かいざんする。

越えようとすることはおろか、まして破壊を企てるなど以ての外の事項だった。

そして、それを夢見た生物こそ、人類達だったのだ。


 彼らの自由への願望は、生半可なものではなかった。

ここにいるだけ、生きているだけでは満足できない。

外の世界には、何が待っているのか、何が広がっているのか。

外に生物がいるならば、自分達のように会話はできるのか。自分達のように感情はあるのか。

もしないなら、少しでも教えてあげたい。

笑うことこそ、幸せを導く一歩になってくれるのだと。


 そういった明るい考えをもった人もいる一方で、一昔前の『神様』を想起させるような野蛮な思想に走る人もいた。

自分の領地を持ってみたい。

国を一つ、収めてみたい。

何もかもここだけじゃ足りない。

『神様』にも対抗し得る戦力を探したい。

もっと強い奴と戦ってみたい、命のやり取りがしたい。

ゆくゆくは、世界を『支配』したい。

湧き上がる闘争本能は、止まるところを知らないようだった。


 それぞれ思惑に差はあれど、根底で支える本能に変わりはない。――外に行きたい。ただそれだけのことだった。


 領土内、いや人類の矛先が外に向いた世界は、荒れに荒れた。

各地で巻き起こる『神様』に対する反対騒動デモに、人類と『神様』の無意味な争い。

当時を駆け抜ける人類に、勝算なんてものはなかった。

目に見えた結果が延々と垂れ流される、絶望の日々が積み重ねられていったのだ。

一定数が『神様』を止めるために動き、また他の一定数が壁の破壊を試みる。

混乱は次第に加速していき、全面戦争時、一気に個体数を増やした人類は、またも一気にその数を減らしていった。


 『神様』の焦りようは、明らかに尋常ではなかった。

日々、壁への接触が増えていく人類。

いつ壁が破られてもおかしくない。守り人からの壁存続を不安視する声が、後を絶たなかった。

己が利益を優先していたのは、その世界に息づく全てがそうだったのだろう。

『神様』は戦争を有利に進めるために、人類を増やした。

その人類は、閉鎖された世界に辟易し、新たな未開、新世界を求めた。

誰もが他を理解しようとはせず、前を見続けた結果がこれだった。

根本はそう揺らぐことはない。

かたちだけの理解に意味はなく、そこに意志が宿ることが最も正解へと近付く道なのだ。


――意志なき理解渦巻く時代に、敬礼を。『今』を生きる世代に捧ぐ。


 さて、話が逸れてしまったが、事態が人類に傾き出すところから、もう一度語り始めよう。

少々の時間は要した。それでも、その物量が勝算をひっくり返し、大逆転を掻っ攫ったのだ。

備え過ぎることが憂いにつながった例だった。


 人類はおよそ半数の個体を減滅させるという大きな痛手を負いながらも、そこから幾つもの国を創っていった。

確かに、実力は『神様』の方が上ではある。

だが、負けたことに変わりはなく、その大地を踏むことは躊躇われた。

だから、また彼らは天界へと帰っていくことにしたのだ。

そこから見届けてやろうと。

新たな支配者となった人類が、どんな行く末を辿るのか、確かめてやろうと。


――批判的かつ、悲観的に。


 そこにあるのは悪質な色眼鏡以外の何物でもなかった。


 『神様』と人類を分かつ、『風光の壁パリエース』崩壊事件は、こうして終幕へと向かったのだが、もう一つ言っておきたいことがある。

最初にも述べた通り、壁には三人の守り人がいた。

彼らは人間でありながら、『神様』の側に立って、壁を守り続けてくれた。

同族に無惨な最期を押し付けられたことで、この世界から退場することになってしまったのだが……。

 そこに痛み入る心を、『神様』とて捨ててはいなかった。

ハデスの粋な計らいによって、彼ら三人の魂は一般階級の『神様』兄弟の身体へと移植され、新たな生を受けることとなった。

そのの名前こそ――長男のベロウ、次男のケルー、そして長女のスーと言ったのだ。

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