4-54.忘れ去られた悲劇(前編)

※今回は、三人称視点で展開されていきます。



 ――その壁には、三人の守り人がいた。

彼らに血のつながりはなかったが、兄弟のように慕い合う関係だった。

彼らの任された壁を、神々は古来より『風光の壁パリエース』と呼んだ。

これより語るは、人類は勿論、多くの『神様』にも忘れ去られた悲劇――『風光の壁パリエース』崩壊事件についての全容である。


 世界は誰に求められずとも、もうそこに存在していた。

元より十個の塊がぶつかり合うことで一つとなった世界。

その境界線は、そこに息づく万物には存外都合のよいものだった。

 領土の分割。その点における利点は、大いに強者達の血を熱く滾らせることとなった。

日夜、奪い奪われる十の大地。その時代、主として地を踏んでいた者たちこそ、『神様』であった。


 『神様』にも、序列は深く刻み込まれていた。

古より続く支配の歴史。やはり一大勢力として名を馳せたのは『オリュンポス十二神』だった。

天界を収めてきた、手腕と戦闘力は伊達ではなく、他を圧倒的に捻じ伏せる。

もう勝ち目などないかとも思われた。


 一時期はそう言われていたこともあったが、ある時から、新たに頭角を現してきた『神様』達もいた。

血気盛んな彼らは、当時『カッパドキア十二神』と呼ばれ、広く一般『神様』の支持を受けた。

何せ『オリュンポス十二神』一強の時代。新勢力の台頭は願ってもみない、興奮の象徴だった。


 そこから、血で血を洗う全面戦争が始まるのも時間の問題だった。

大地は瞬く間に削れていき、豊かな自然が日に日に枯れていった。

そんな世界の一端には目もくれず、戦いに明け暮れる『神様』達。

多くの犠牲を伴いながら、戦いの日々は激化していく。

誰もが世界に飢えていた。――これは、最高の遊戯ゲームである、と。


 最終的には、半分の玉座を渡すことになった、『オリュンポス十二神』。

世界における圧倒的優位を誇っていた彼らにとって、史上最も地に堕ちた屈辱を味わう結果となり、この戦争は終幕を迎えたのだった。


 戦いは破壊と殺戮を生んだだけではなかった。

戦うことで創造されたものの数々が、『今』もこの世界には根付き続けている。


――その中の一つ。それこそが人類であった。


 ものは試しにと創られたのが発端で、そこからは知恵を身に付けさせた後に、生物兵器としての運用が一般的となった。

自らの手を汚さずに済む戦力は『神様』達にとっても魅力的であり、即刻戦争中の各陣営に伝わっていった。

もしかしたら、この時から『神様』と人類の隔絶は始まっていたのかもしれない。

因縁は血を黒く染めるのに、盛大な働きを見せていた。

その裏にある因果はわからずとも、『神様』の非道が人類を生み出したことだけは嘘偽りのないことだった。


 そうして、時は流れ、戦争の傷を色濃く残しながらも、世界は再生の道を進んでいった。

その過程において創られた壁、それが『風光の壁パリエース』だったのだ。

これにより、各領土間での行き来は全面的に禁止され、『神様』、人類共々、限られた世界で生きることが決定付けられた。

 『神様』にとっては、望んだ未来。何も不満など存在しなかった。

がしかし、ある一つの領土の中でしか生きられないことに不満を思う生物も一定数見受けられ、その代表格が人類だったという訳だ。

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