4-58.古の禁忌Ⅱ(後編)
※今回も前回と同様、爺やの語りで展開されていきます。
スーを主体に受け入れるにあたって、最初に問題になったのは名前だった。
本当の名前が何であるか、プリム達は知らない。
普通の会話ができるようになっても、名前の話題になると、スーは顔を曇らせた。
閉口を貫くことができないと悟ると、自信なさげにスーとだけ呟く。
その悲しげな表情を目の当たりにしたプリム達は、何も追及できなくなってしまう。
別に
悩んだ挙句、スーという呼び名が奇跡的に噛み合ったのは、スー家に来る運命であったと解釈し、最初からスーは家名を話していたということにした。
となれば、早急に決定すべきは新たな名前。
何も名前問題で頭を使わねばならないのは、スーだけではない。
身寄りのない孤児に、ちゃんとした名前があることの方が珍しいのだ。
急ごしらえでも一応は成人している最年長で、跡継ぎにおける最前線を担わねばならない以上、テキトーな名前は付けられない。
そこで付けられたのが、『イノー・スー』だった。
そして、この名前は代々跡継ぎに継承されていく名前となった。
慌ただしくも繰り返される、普通の日々。
この平和をどれだけ心待ちにしたか。
プリムのクマはいつの間にか見る影もなくなり、段々と骨ばってきていた両腕も若い頃と同じ太さを取り戻し始めていた。
子供達も皆、名前が一新され、新たな生を受け入れた。
以前とは比べ物にならない生活には、腹の虫より笑顔の絶えない時間が流れていた。
人並みの生活、人並みの幸せ。プリムはほっと胸を撫で下ろすばかりだった。
もう自分一人の力ではどうにもならないところにまで来ていた手前、イノーが頑張ってくれたことには感謝することしかできなかった。
でも、何度頭を下げても、張本人は気にするなの一点張り。
本当に、強い子に育ってくれた。
ちょっとは自分と関わったことが糧になっていたらと思う。それがプリムにできる精一杯だった。
実際、ムムス孤児院では、毎日一人や二人の子供が命を失っていた。
その子達は決まって死ぬ間際に話した。
――プリム先生が心配だったんだ、と。
いつも自分の無力さを呪っていた。
区域内にちゃんとした職に就けている人は稀有であり、自分も勿論働き口などない。
どこに行っても、あそこの区域に住んでいる人は雇えないと言われた。
増えていく孤児の中には、まだ生まれたばかりの子もいて、大掛かりな移動もそうできるものではない。
そこに縛り付けられたまま、大きな資金源を手に入れることもできず、誰もを見捨てることもできない弱さが、プリムを何もできなくさせていた。
人にはよく言われた。
プリムの行っていることは、どうしようもない、偽善でしかないと。自己満足でしかないと。
何も言い返せる言葉はない。客観的に見れば、そうとしか捉えられないことは事実だ。
それでも、一度手放せば、一度捨てるという言い訳を使えば、もうプリムはプリムではなくなるのだと信じていたかった。
意地悪く自分を評価するとしたら、きっと可愛くありたかっただけなのかもしれない。
理想論だけでは割り切れない世界を、プリムはイノーに教えられたのだった。
プリムと当主には、鉄板の会話があった。
――イノーには、何か大きな力がある。そう、例えば……魔法とかね。
当時、魔法を使える人間など、殆どいなかった。
それこそ、主に伝承として伝わる『神様』が、魔法使いの代表格とされていた。
ただのイノーを持ち上げる笑い話。どうしようもなく現実味のない、時間潰しでしかなかった。
それなのに、イノーは突如、魔法を使った。
前触れもなく、手品みたいに隠し事を暴いていったのだ。
初めは、プリムと当主がよくしていた魔法が使えるのではという、テキトーな笑い話に対して、止めるように言ってきたこと。
イノーの前では一度も言っていなかった筈なのに、いきなりその話は止めるように告げられたのだ。
二人で話し合っても、知られた経緯に思い当たる節はなかった。
そこからは、まるで何もかも視えているかのように、様々な事柄を的中させていった。
一度も話したことのない人でも、名前と年齢、好きな食べ物、嫌いな食べ物までしっかり当てる。
最早、恐怖の域に手を掛ける勢いだった。
ある日、もう居ても立っても居られなくなったプリム達は、イノーに直接聞き、その真実を知った。
イノーは魔法を使うことができる。その事実に世界は揺らいだ。
それ以降、破竹の勢いで王へと近付いていったスー家。
大家族は元よりのものとして、世界に触れ込みをし、不動の地位にまで上り詰めた。
そうして、イノーはその世代における、正式な跡継ぎとして、認知されるようになっていったのだそうだ。
×××
――聞いてもらった通り、お嬢様は元来のスー家の人間ではありません。
文字通り、偽りが代々の跡継ぎとして世界に顔を売っているのです。
あの時、私は偽りに呪われていると伝えました。
その真意は、お嬢様にも備わっている魔法。それが、話にも出てきたイノーと同じ魔法が引き継がれているということに由来します。
先ほどの話には続きがあって、イノーと名乗ることになった少女は、その後順当にスー家を引っ張っていく立場へとなっていったが、それから暫くして体調不良に悩まされることになった。
その原因はどんな名医であっても解き明かせず、結局症状が治ることなくこの世を去ったそうです。
それから、代々受け継がれていくスー家の当主の座ですが、皆同じ魔法を使うことができ、例に漏れず晩年に体調不良を訴え、その渦中に死んでいったそうです。
お嬢様も魔法を授かっている以上、気を付けておくことに越したことはございません。
どうか最期まで、理性的で、聡明なお嬢様でいて下さい。
私からの遺言です。
その一言を最後に、爺やは息を引き取った。
『今』思い出されたことに、『神様』のいうスーは関係あるのだろうか。
出自の元を辿れば、王族の血族、その末端ではない。つまり、『
元よりあった体調不良が最近やけに悪くなってきたのは、ワシにも最期が見えてきただけのことだったのだ。
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