3-50.才能の過信
力は拮抗の様相を呈し、単純な体力勝負のようになってきている。
殴っては蹴られ、蹴っては殴られ、愚直な戦いは止まるところを知らない。
エラーからの出血は見られない。
そもそも、身体の構造が特殊過ぎるために、血という概念があるのかどうかすらも怪しいが。
ただへイリアさんは夥しい数の裂傷を引っ提げて、流血を辺りに撒き散らしながら戦っている。
へイリアさんが動く度に、地面の赤の面積が増えていった。
このままでは貧血を起こすかもしれない。
そんな別角度からの心配が想起されるほど、へイリアさんは追い込まれているように見えてしまった。
呼吸は疾うに乱れ、足元の不注意も散見されるようになってくる。
時々のふらつきも交えながら、お互いに全力の肉弾で勝負をし続けている。
上段蹴りをしゃがんで避けると、立ち上がる力を使って顎を狙い撃ちにするへイリアさん。
対するエラーは咄嗟に後方転回して返しの両足を泥土として飛ばした。
真っ直ぐに投げられた泥土の蹴りに
不覚を取られたエラーに回り込んだ勢いそのまま、回し蹴りを炸裂させた。
これには流石のエラーも避け切れず、人一人分ほどの距離を身体ごと飛ばされることとなった。
肩で息をする両者。へイリアさんの技術は、エラーにも引けを取っていない。
事実、こうして何度も何度も攻撃を命中させ、エラーを数秒の再起不能に陥らせているのだ。
へイリアさんが超えられずにいる事柄は、たった一つのことだけ。
エラーは地面を抉り、直進を開始。目指す座標は勿論、へイリアさん。
一瞬、身体が目視できなくなる。気が付くと、もうへイリアさんの目の前にいて――。
「――――ッ!」
腹に特大の拳をぶち込まれ、一気に後方の辛うじて残る建物群まで吹き飛ばされた。
へイリアさんの負け筋――それは、単純な力での、上から捻じ伏せる攻撃だった。
エラーは何も喋らない。ただ弟子に牙を剥く、無慈悲な師匠となっていた。
何度も何度も殴り、地面に人型の穴を空けた。
この一撃が、エラーの中の何かを引火させてしまった。
畳みかけるように空間を切り裂いて、へイリアさんへと肉薄する。
目の色が変わった気がした。もしこれが本気なら、さっきまでのは肩慣らしだったとでも言うのだろうか。
すぐさま二発目、三発目と叩き込まれていく。
上空に巻き上げられた身体は、一秒後に地面と接吻をしていた。
四発目、五発目。その場で耐えるへイリアさんはもはや彼の面影が見えないほど、崩れた顔になっていた。
右に左に、右に左に。連続の攻撃に防御する術をもたないへイリアさん。
ふらふらと踏鞴を踏むへイリアさんを置いて、エラーは数歩距離を取った。
何をする気だろう。ここに来て何をするのか、瞬時に考えを巡らせ、一つの最悪の『答え』を導き出す。
「起きろ、へイリアさん!
空気が揺らいでいた。エラーの周りに渦巻き状の
多分、俺の予想は残念ながら的中している。
これは、俺達もその存在に挑戦し、結局一度も成功し得なかった秘技。
可能性を内包した、最強の技――『
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!」
その時、誰かエラーとへイリアさんの間に入り込む存在があった。
あれは、俺達と共にやって来た平組織員だ。
「あ、貴方は、先日の――」
どうやらへイリアさんは、その平組織員と面識があるようだ。
隊服を見るに、恐らく俺と同じ『
されど、エラーの急接近は止まってくれない。
先ほどまで乱れていた呼吸は鳴りを潜め、ただ一瞬の一撃のために集中状態に入っていた。
絶体絶命であることは変わらないし、『今』あの組織員が出てくることに救いなど一つもないのだ。
どうせ一つ、死体が増えるだけなのだから。
「あの時の最強、俺の心には響いたぜ、へイリアたい――」
エラーの拳が『
歪む顔に、吐き出される唾と鮮血。目は引ん剝き、手は空中を寂し気に彷徨っていた。
風に靡くように、川に流されるように、平組織員はへイリアさんを巻き込んで瓦礫の山に激しくぶつかった。
平組織員が若干の緩衝材になってくれたおかげで一命は取り留めるも、あの生命をも削る大技に、へイリアさんは立ち上がることができなくなってしまったようだ。
「大丈夫ですか、『
貴方は、王都での竜討伐の時も僕を助けてくれました!
こんなところで死んでほしくないんです! どうか、返事をしてください!」
「ッフ、フー。ハァ、ハァ。お、お、俺は、……グッ、もう生きては……いられない。
ハァ、俺はッ、俺は……」
「まだ息があります。死んでいません! だから、落ち着いて!
俺は、なんですか?」
「おッ、俺は、……アンタのことをぉ、そそ、尊敬してたんだ。ハァ、ハァ。
無能者だけどッ、ウグッ、……ハァ、最強の親父に挑んでいく姿に、憧れてたんだ……!」
「そんな、僕は父さんの足元にも及んでいませんでした。
それなのに、見ていてくれた人がいた。僕のことを……!
ほんっとに、ありがとうございます!」
「…………」
「大丈夫ですか、なんで返事、してくれないんですか?
名前くらい教えてくれませんか? 名前くらい……」
「…………」
へイリアさんは小さく項垂れて、段々と冷たくなっていく『
これは、俺には計り知れないもの。とやかく言う資格を、外野である俺はもち合わせていない。
へイリアさんが落ち着くまで、エラーの気でも引きながら待っていようか。
そう自分の中で結論付けて一歩踏み出した時、へイリアさんから声掛けがあった。
いつの間に涙をぬぐったのか、目元が少しばかり赤くなっていた。
「すまない、ザビくん! 僕の身体はもう動かなくなってしまった。
『
「もう、大丈夫なのか?」
「悲しむこと、祈ることなら、後からでもいくらでもできる。
でも、父さんの鎮魂は、『今』しかできないだろう?」
へイリアさんは俺が思うよりずっと強い心をもっていた。
他の人を寄せ付けないようにしながら行う一人修行も相当な信念の持ち主であると思ったが、実際はもっともっと高みにいたらしい。
……悪くない。今度は、俺の番ということだ。
「あぁ、そうだな! 二人の『勝ち』を掴みに行くぞ!」
俺は大きく息を吸い、口から一気に吐き出した。
これが正真正銘、最期の戦いになるだろう。
へイリアさんは、極限まで俺達の『勝ち』を引き寄せてくれた筈だ。だから、後は俺が決めるだけ。
拳を強く握り締める。首を左右に曲げ、軽く飛び跳ねてみる。
大きく背伸びをして、修行の前の準備運動を速やかに行っていく。
屈伸に、足首回しまで行って、全ての準備は整ったと言えよう。
一歩ずつ前に出ながら、へイリアさんをもう一度見た。
弓なりに目を細め、親指を天空に突き立てている。
首を縦に振ることで反応を返し、エラーに照準を合わせた。
エラーとの戦闘ならば、使う魔法は一つしかなかろう。
お互いが望んだかたちではなかった。それでも、何の因果か同じ魔法を使えるようになった。
見ていてくれ、弟子の晴れ姿。そして、その身に深く刻み込んでくれ、『負け』という二文字を。
「――『
身体中に力が湧いてくる気配がなかった。
いつもなら、言い終わると同時に、力が漲ってくるというのに。
俺は焦って、その魔法名を連呼した。
「『
言った前と後に、何の変化も起こっていない。
どうして。なんで。おい、止めてくれ。こんな冗談、笑える訳がないだろう。
どうやら俺は、この土壇場で――魔法が使えなくなってしまったみたいだ。
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