3-51.反転反転反転Ⅱ

 俺は一心不乱に頭を掻き毟った。

誰を見るでもなく、前後左右、輪郭の合わない視界を動かす。

何となしに飛び込む、人々の視線が苦しかった。

 エラーは俺のことを虚ろな目で見つめていた。

へイリアさんは言葉を失い、周囲に懇願するような表情を見せている。

組織員達は口元を隠したり、瞳孔を小さくしたりと、各々の反応で俺を軽蔑してきていた。単にそう見えるだけであってほしいが。

 脳に血液が回っていかない。何が起こっているか、理解できないし、したくもない。

この鎮魂は、運命に見放されたとでも言うのだろうか。

これまではずっと使えていた。こんなこと、一度も起こったことはなかった。

ならば『今』、俺は何をしにここに来た?


「――ザビ少年」


 耳馴染みのある声が、後方より投げかけられた。

未だ酸素不足からか定まらない焦点に苦しみながら振り返ると、右手を上げた存在が口を開いているようだった。

青藍の髪に、背丈は低い、そして恐らく声質的に女性。多分、あれはイノーさんだ。

眼鏡がうっすらと見えた気がした。


「ワシに一つ、思い当たる節がある。

ザビ少年は多くの魔法を使うことができる筈だ。

そのどれもが強力で、切り札級の技となっていることだろう。

でも、切り札級である以上、それなりの代償を伴うことは必然なのだ」


「シショー、代償ってどうゆうことぉ? ザビっちが何したって言うのぉ?」


 これは勝気な印象。きっとアナだろう。

橙の長髪は目立つから、分かりやすい。


「ワシも多くの魔法を使うことができる。

だが、多くの魔法を使えるから最強であるとは言えない。

なぜなら、同時に全ての魔法を使うことはできないからだ」


「ってことは、ザビっちが『今』魔法が使えなくなっているのは……」


「推測ではあるが、魔法の使い過ぎによって、『過魔ファトス』状態になっているのだろうな。

こうなっては数日休まねば、魔法を使うことはできないだろう」


「じゃあ、もうザビっちにも、リアにも勝ち目はないってことぉ?」


「すまない。ザビ少年にもしっかり聞いておくべきだったな。

敵を倒したことしか聞いていなかったのが悪かった」


 今さらどうしようもないというのだろうか。

何もできないままただ蹂躙され、幾度とも知れない『負け』の烙印がまた押されることになってしまうのか。

もう負けたくなかったのに。今度こそ、この大舞台で倒せると思ったのに。

誰にも邪魔されず、へイリアさんと並んで、俺達の力を証明して――。


「おい、イノー。もうアイツらはエラーを倒せないんだな?

だったら、僕達がってもいいってことだな?」


 最悪の確認だった。この世で一番、許したくない事柄だった。

誰も求めていない結末。誰も欲しくないエクの栄光。

もう十分すぎるほどに俺を喰ったのに、まだ喰い足りないのか。


「……あぁ」


 イノーさんも辛く、一言漏らした。これで全ての終わりは始まったのだと言わんばかりに。

 と、覚悟を決める直前に、前方で無表情を貫いていたエラーがいきなり動き始めた。

地面を蹴って俺に突進してくる。

魔法のない俺に対抗する術はない。

恐らくへイリアさんを仕留めたのと同じ『煥発熾火摧破撃カニス・ルプス』を放つつもりだろう。

諦めたくない。でも、避けられない。

前に進みたい。でも、足裏が地面を放してくれない。

負けたくない。でも、勝ち目なんて最初からどこにもなかった。

 目と目は拳一つ分の距離。

振り上げられた右腕は身体の曲線を極限まで強調し、身を引いた空間からは太陽が顔を覗かせた。

終わる。ここで何もかも全て。

尊厳を守ってやれなくてごめん。不甲斐ない弟子でごめん。

もっと笑い合っていたかった。

もっと沢山話したかった。

もっと沢山教えてほしかった。

もっともっと――。

 空中で制止した右腕が、神速を纏って振り下ろされる。

俺の心臓を捉えようとした瞬間。天界より赤い光が舞い降りた。

その光を一身に浴びたのは、俺ただ一人。

二つの衝撃が俺の身を襲った。その時間、驚異の一秒未満。

 俺の意識は焼き飛び、気を失ってしまった。

爆発でも起こったのか、エラーすらも後方へと搔き消えていった。




✕✕✕




 目を覚ますと、上半身に重みを感じた。

右腕で目を擦り確かめると、そこには意識を失った『火這ドゥオ』の組織員がいた。

彼をどかして立ち上がり、まずは自分の服装を確認した。

見覚えはあるものの、絶対にさっきまで自分が着ていた服とは異なっていた。

 周囲を見渡す。場所は変わらずスビドー王国。

一緒にやって来た組織員達の様子も残らず見えている。

でも、一つ。不可解な人物が、地面に横たわっていた。

あれは、一体……。

ゆっくりと近付いていって、地面に向けられた顔を確かめる。

その正体に思わず声が出てしまった。


「おいおい、なんでザビおれが倒れてるんだ?」


 その時、気が付いた。組織員達が俺を見て、ひそひそ話をしていることに。

怪訝に思って、イノーさんに声を掛けてみる。


「イノーさん、何だって俺のことをそんなおかしな目で見るんだ?」


 俺の言葉は、何もおかしなことを言っていない。

これまでと反応が違い過ぎることを、単に指摘しただけだ。

それなのに、恐怖に震えるような顔をしながら、俺を指差しこう言った。


「どうして戦闘続行が不可能となったへイリア隊員が、普通に立って歩き回っているんだ?」


「え?」


 もう一度、倒れた俺の顔を覗き込む。そして、身体の方までじーっと見つめた。

これは、今日、ここに着てきた俺の服装だ。

次に、『今』俺が着ている服を今一度眺め直す。どこか見覚えがある。

……気が付いた。思い出した。これは、そうだ。

へイリアさんが着ていた服だ。ということはつまり――。


「俺はへイリアさんになったのか?」


 意味の分からない状況に、自分で言った言葉なのにも関わらず首を捻ったのだった。

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