3-52.終わりと始まりⅡ(前編)

※今回は三人の視点から描かれるので、各視点ごとに誰の視点であるか書かれています。



 《ロビ視点》


 ムネモシュネ様の謁見がうまくいったらしい。

お兄様の言葉を話すへイリアさんは、まるでお兄様と入れ替わったかのような立ち振る舞いを見せていた。

でも、これは決して二人の魂が入れ替わったという訳ではない。

お兄様の『神種ルイナ』が宿のだ。

あの夜に『神種ルイナ』が『寄生種パラサイト』であると聞いてから、こんなこともあり得るのではないかと考えてはいた。

まさか実際に目の前で起こってしまうとは夢にも思わなかったが。

ただこれは何というか複雑だ。お兄様は『今』この時間をもって死んだということになる。

 私は静かに目を閉じた。私の最愛の家族は、もう一生話すことができなくなってしまったのだ。

確かに、お兄様の言葉遣いで喋るへイリアさんは残っている。

でも、完全なお兄様は、私が恋い慕っていたお兄様は、もう金輪際逢えなくなってしまったのだ。

最初から『寄生種パラサイト』と話していたとしても、私を救ってくれたのはあのお兄様だけだった。

悔しいな。悲しいな。

まだ笑い合っていたかったな。

逢えないな。寂しいな。あぁ……死にたいな。

 私が『神様』達に協力していたのは、お兄様に日の当たる道を歩いてもらうためだった。

エクお兄様に理不尽に殺されたお兄様があまりに可哀想で、エクお兄様のその後にも憤りを感じて……。

もうお兄様がいないなら、私に生きている意味はない。

 右手に光が宿る。これは触った部位だけを停止させる魔法――『凍時フリーズ』。

これで心臓を触れば、忽ち私の心臓は凍り付くように機能を停止し、やがて死に至る。

自害するために、『神様』の力を使うなんて、とんだ恩知らずだ。でも、しょうがないよね。

もう生きる希望が見出せないんだから。

 最後にもう一度だけ、お兄様の姿を目に入れておこうか。

死んでいるけど、もう息はないけれど、確かにそこに生きていたって、覚えておきたいもんね。

 ゆっくりと時間をかけて目を開く。

もう右手は胸の前にまで上げられ、掌には凄絶な光量が集まってきていた。

 『今』の戦況が目に飛び込んできた瞬間、右手の光は一気に消えてなくなった。

それだけでは止まらず、肺に急激に酸素が送られ、放出させられる。


「――頑張れ、お兄様!」


 お兄様は、まだ生きていた。




✕✕✕




 《イノー視点》


 言い知れぬ恐怖がワシを襲っていた。

ワシの目には、エラーの『煥発熾火摧破撃カニス・ルプス』を受けて倒れ伏した、へイリア隊員の姿が映っていた。

『今』、かのへイリア隊員は地面に転がるザビ少年を見て、驚きの表情を浮かべている。

まるで技を受けていなかったかのように、元気に動き回りながら。

死んでさえなかったが、動ける状態ではなかった筈だ。

 ザビ少年のことは見飽きたのか、今度はワシ達の方に顔を向ける。

その顔は大層不思議に思っていると見える。

こちらの方が聞きたいことが山積みだ。

痛む頭を抱えながら、隊員の動向を見守ることにした。

幸い先ほど謎の赤い光によって起こった衝撃によって、エラーも地面に倒れている。

頻りに同行してきた組織員達のことを見回していたかと思うと、今度はワシの方に目線を合わせ、質問を投げかけてきた。


「イノーさん、何だって俺のことをそんなおかしな目で見るんだ?」


 何を言ってるんだ、あの隊員は。

ザビ少年の口調であることもかなりの違和感があるが、まるでこれが当たり前のことであるようにほざいている。

鏡でも持ってこれば良かった。こんなことが起こると知っていたなら。

ワシは真実は見通せても、未来までは見通すことはできない。

 兎にも角にもへイリア隊員には自分がどういう状態か気付いてもらう必要がある。


「どうして戦闘続行が不可能となったへイリア隊員が、普通に立って歩き回っているんだ?」


「え?」


 『え?』とは何だ。哲学か何かか。

隊員はもう一度ザビ少年の顔を覗き込み、服の方まで視線を動かす。

それから自分の服を見て、顎に手を当て考えた。

そして、何か降ってきたのか、掌に拳を当てて口を開いた。


「俺はへイリアさんになったのか?」


 意味は全く分からない。でも、恐らくそういうことなのだろう。

それならば、転がっているザビ少年は生きているのか、死んでいるのか。

見たところ、息をしていないように感じる。

 でも、それならそれで一つの疑問が生じる。

思い出されるのは、エイム・ヘルムを舞台に行われた『壁外調査』でのこと。

あの時、ザビ少年は命を失い、『忘れじの間』と呼ばれる場所に彼の遺体がもっていかれた。

まだ一度しか見たことがないから、確証はない。

でも、一つの例として考えるなら、この状況は不自然極まりないことである。

あの時は死んですぐに、世界に刻まれた呪いの建造物――『禁忌の砦』にいたとされるドラゴンが目を覚まし、ザビ少年を連れて行ったのだ。

 そして、この現状、『今』はどうだ。

ザビ少年の遺体は、地面に固定されたかのように放置の選択がなされている。

『壁外調査』と違うのは、謎の赤い光があったこと。

ザビ少年の死に反応して、ドラゴンが動くならば、あそこに転がっているのはザビ少年ではないとでも言うのか。……まさか、赤い光がそう

 一つの仮説が立った時、眼前には先ほどとは全く異なる様相が展開されていた。

思考の渦は周囲をこれほどまでに見えなくさせていたか。

できれば最初から見ておきたかったと思いつつも、大きく息を吸い込み、特大の励ましを送り届ける。


「――カマしてやれ、ザビ少年!」


 一つの仮説は、多分立証で良いと思う。

理由は全く分からない。それでも、これだけは確実に言える。

――ザビ少年は、へイリア隊員に乗り移り、生き長らえた。




✕✕✕




 《リーネア視点》


 クソザビが死んだ。

赤い光に包まれて、師匠の第二部隊長の技を食らって。


――オレ達は、共にこの『我世』に貢献していくんじゃなかったのかよ。


 お前は先の戦いでも戦果を挙げ、新人でありながら多くの人から賞賛されていた。

『今』もこうして、最前線に立って戦う権利を得ていた。

結果はどうであれ、その舞台を踏むことを許されるだけでも幸せと言って差し支えないだろう。

 対するオレは、これまでずっとエクの犬を演じ続けていた。

第一部隊の中に貢献した者は、ただの一人しかいない。

そう、エクご神体そうとう様のみだ。

 『神様』のような能力をもつのは認めよう。

それでも、自分一人が目立とうとする、その戦い方は褒められるものではない。

実力のあるオレ達成績優秀者が集められているならば、力を活かしてあげる方が何倍も世界の平和につながる。

これは『我世』の誰もが思っていることだろう。

でも、誰も何も口出しすることはできない。

エクが規定ルールで、絶対であるから。

それだけの輝かしい軌跡を残し、人々の英雄になるために尽力してきたから。

積み上げたモノの数が違う。

質が違う。規模が違う。

世界が、戦っている世界が違うのだ。

人は、『神様』と同じ土俵にいるとは思わない。

『神様』より力を有していないから。

だから、オレ達は使われ、遣われる。

 アイツが抱き締めてくれた時、オレは自分のことが情けなく思えた。

一週間、こき使われただけ。

それなのに、ここまで落ちぶれて、慰められて。

絶対に追いつきたい。そう思うことはなかった。

でも、その選択肢が出る時点で、オレは『負け』だった。


――オレは一般的な家庭に生まれた、普通の子だった。


 この王都に来た時、変な噂が流れていたのを覚えている。

オレが第三部隊の部隊長の隠し子であると。

それは全くの嘘だ。誰がそんな高貴な身分の生まれであろうか。

 他にも、王都に来るまで沢山の武勲を上げたという噂も立っていた。

それは紛れもない真実だ。

狂暴化した『魔物ストルム』は、滅多に現れない。でも、時たま現れては人々を襲う。

世界中に『我世』の支部は存在するが、彼らはドラゴンの討伐を本流として据えている。

そもそもの発生件数が少ない以上、そうなってしまうのは仕方がないことなのかもしれない。

でも、じゃあ、『魔物ストルム』を討伐するのは誰になるのだろう。

 その疑問から始めたのが、『魔物ストルム』殺しの旅だった。

この旅がオレを強くした。

己を『天才』だと自称し始めたのは、この頃からだった。

 その旅には、同行者がいた。

彼女のおかげで、自分に自信がもてたのだとも思う。

彼女がオレを鍛えてくれ、オレは『魔物ストルム』にも負けない力を手に入れた。

 鈴を転がしたような声をした、美しい深紫こきむらさきの髪の女性。

オレよりずっと年上で、でも、『今』思うと、どこか面影が重なる人物がいた。


――そう、死に絶えたクソザビだ。


 あくまで雰囲気が似ていただけだし、想像でものを語っているから確かな情報ではないかもしれない。

それでも、少しばかり引っ掛かる事柄だった。

 あれこれと思い出してしまったが、目の前の光景は目まぐるしく変っていっていた。

ずっと何事か叫んでいた存在――それは、先ほど倒れた筈のへイリアさん。

どうして立つことができたのかはわからない。

自分の世界に入り過ぎて、オレの目は見ていたのにしっかり見られていなかった。

叫び声は何の幻聴か、クソザビの声だった。

死して尚、オレをバカにするのか。

 オレはその時、どこか吹っ切れる思いがあった。

ヘイリアさんクソザビがこれだけ暴れてるんだ。

オレだって、いつまでもエクに媚びている必要なんかない。

オレはオレに勝ってみせる。

お前以上の貢献を掴んでみせる。

 眼前、ようやく意識を取り戻した第二部隊長に、上空から拳を振り下ろすへイリアさんの姿があった。

重なる影は本物。最期を笑顔で飾り付けるあの姿は――正しくクソザビのそれだった。

 結局か。……でも、悪くない。

『負け』で終わる物語に面白さなんかない。

アイツは、オレにもう一度、機会チャンスをくれたって訳だ。


「――まだ続くんだな、オレ達の勝負は」


 誰にも聞かれない、小さな声がそっと呟かれたのだった。

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