3-18.マザコンの戦い方

 第四部隊宿舎『テュオルム』。

この『我世』の脳たる第四部隊の宿舎は、『トリアドス』よりも北、南のゲートに続くインコル通りに面したところに位置している。

 第四部隊には、どうやらハスタが配属されているらしい。

確定した言い方ができないのには訳がある。

ハスタは『奪爪戦プグナ』の際、ロビに命を奪われかけた。

あの時、時間的には、そこまで経過していなかった。

が、ロビからの攻撃になす術がなく、逃げの一手を選んでいたところを見ると、きっとハスタに有効な攻撃手段がなかったのではないか、推測できるのだ。

となれば、そんな短時間に十個の爪を取り切れていたとは思えない。

俺が言える立場にいないのは理解しているが、どう考えてもハスタが合格できていることに納得できないのだ。

その点も踏まえて確かめに行こう。

 『テュオルム』は、『トリアドス』からさほど離れていない。

そう歩くこともなく、目的地に到着した。慣れた様子で三度扉に拳を当てる。


「さぁーせんさぁーせん!

誰かいねぇーかー?」


「はーい、どちら様でしょうか?

あぁ、ザビさんじゃないですか!

いらっしゃいませ!」


 ここには、組織員の訪問に対応するための、担当隊員がいるようだ。

扉が開き、時間差なく返答が返ってきた。

流石の頭脳担当、『詮仁咲カトゥオル』とでも言うべきだろうか。

他部隊では見られなかった歓迎に、少々嬉しくなる。

いや、でも、少しおかしくないか。

イノーさんからは寮内の探検を禁止されていたが、殊自部隊の宿舎に来ることは許しているのだろうか。


「あの、俺イノーさんに『このなり』の探索を固く禁じられていたんだが、ここには来てもいいのか?」


 俺の率直な疑問に担当隊員は笑顔で返答してくれた。


「え、いい訳ないじゃないですか。

もうすぐ貴方のことを拘束するために、他の隊員がやって来ますから、少々私と談笑でもしま……」


 彼女の言葉を置き去りに、俺はその場からの逃走を開始した。

扉の方から彼女の大声が飛んできている気もするが、構ってあげられる暇もないのだ。

こうまでされてしまうと、ハスタとの会話は難しいだろう。今回は諦めて、追っ手を巻くことに専念しなければ。

後ろを振り返ると、俺を捕まえんとする隊員達の姿が数人確認できた。

 一体どれだけ逃げ続けただろう。もう『テュオルム』からは大分と離れた、第五部隊宿舎の近くまで来ていた。

ここまで来れば、もう安心していい筈だ。

 気付けば、息が上がっていた。これだけ広大な敷地内を走り回ったのだ。疲れがでない訳もない。

休憩がてら、地面に腰を下ろした。

深く息を吐き、仰向けになる。

すると、視界の端からひょっこり顔を出す存在がいた。

まさか、追っ手か。そう思うが早いか、バッとその存在と距離を取り、唾を飲み込んだ。

胸に手を当て、呼吸を整えていく。

 爆発した脳が正気を取り戻したところで、再度現れた存在を確認した。

その正体は、ハスタだった。

張り詰めた空気が一気に緩和され、ペタリと地面に座り込んだ。


「なんで名乗らねぇんだよ、ハスタ!

てっきりまだ追っ手がやって来ているのかと」


「いや、追っ手であることに変わりはないです」


 その言葉を聞いて、二度目の逃亡体勢に入る。

だが、その動きに対して、待ってくれと、ハスタは両手を前に突き出した。


「でも! 僕はザビさんを捕まえる気はありません。

少し話がしたいと思って」


「そうだったのか。

実は、俺もハスタと話がしたいと思っていたところなんだ。奇遇だな」


「えぇ、奇遇ですね。あぁ、でも、ザビさん。

そんなに悠長に話せる時間もありません。

こんなわかりやすい場所で話していれば見つかってしまいます。

場所を変えましょう!」


「それもそうだな。

その辺の建物裏とかでいいんじゃねぇか。

ちょっとの時間、追っ手の目を誤魔化せればいいんだからな」


「まぁ、僕も一応追っ手ですけど」


「ややこしくなるから喋るな」


「はい、じゃあ喋りません!」


「喋ってんじゃねぇか……ッププ!

アッハッハッハッハッハ!」


「ハッハッハッハッハ!」


 一瞬で起こった矛盾に笑わずにはいられなかった。

初めて二人して笑い合っている。こんな日が来るとは夢にも思わなかった。でも、幸せだった。


「おい、見つかったか?」


 遠くから他の追っ手の声が聞こえてきた。

二人は口元に手をもっていき、笑いを止める。顎で移動を伝え、頷き合った。

 いくら建物裏とはいえ、追っ手の影はもうそこまで迫ってきている。手短に話を付けよう。


「こうして、『このなり』でお前とまた逢えて嬉しいよ、ハスタ。

俺達、勝ったんだな!」


「そうですね、なんだか感慨深いような気もします。

でも、まぁ僕に至っては、それほど試験に手古摺てこずったという印象はありませんでしたが」


「え、そうなのか?

でも、ロビに追われていた時、お前……」


 確かにあの時、ハスタは防戦一方、逃げの選択を取り続けていた。

その後、俺がケルーを倒し、流れるように試験は終了になったのだ。

……あれ、ということは、待てよ。ハスタ、お前――。


「あぁ、そうですね。

ロビさんに追われていた時、何もできませんでした。

でも、何の問題もなかったんです。

だって、その時には既に爪は集め終わっていましたから」


「え、は。えぇ……。

えぇぇぇぇぇぇぇぇええええ⁉」


 言葉の意味が理解できず、言葉が出てこなくなる。

つまりは、俺よりも早くに行動し、爪を奪りまくっていたということだ。

ハスタには悪いが、ありえないという思いで脳が埋め尽くされている。


「ザビさん、今『ありえない』とか思ってないですか?

心外ですよ。僕、お母さんの前じゃないのに泣いてしまいます」


「いや、いやいやいや!

…………まぁ、正直そう思っていた節もあったよ。

でも、疑問は残るぜ?

だって、ちょっとばかし早すぎる気が……」


 ハスタは泣き真似の動作を止め、一気に真剣な顔つきに変化する。

俺もどこか背筋の伸びる心地がした。


「僕は戦闘能力こそ皆無です。

正面切って戦闘を挑まれたら、きっと負けてしまうでしょう。

ですが、僕には頭脳があります。

筆記試験スキエンティア』では、完璧な回答を提示し、全体順位で一位を獲得させてもらいました。

気になっているのは『奪爪戦プグナ』でしょうが、殊爪を集めていけばいいと考えれば、意外と楽に戦えるものでした」


「一体どんな手を使ったって言うんだ?

……まさか、魔法、とかか?」


「いやいや、そんな大仰なものは使いませんし、そもそも使えません。

僕は人の『おこぼれ』を貰うために尽力を注ぎました」


「おいおい、バカにするのも大概にしろよな?

そんな快く『おこぼれ』なんて貰えるとは……」


「貰えましたよ。結局、試験は情報戦です。

皆、効率よく『勝ち』を奪うことを欲していました。

だから、情報を流したんです。

あの人はあれに弱いとか、この人はこれに強いとか……」


「てことは、ハスタ。

お前、試験前に色々と調査をしたってことか……?」


「半々、です。した人、しなかった人、両方います。

でも、全部調べる必要なんてないですし、実際全てを調べ尽くすなんて、受験生の数的にも無理があります。

確実な情報を与え、信用を勝ち取る。

情報を与えた人に、その受験生を倒してもらう。

倒した人から僕も一緒に爪を貰う。

標的ターゲットを知らなかったとしても、テキトーなことを言って、倒させる。

失敗したら、その時は全力で逃げます。

意外と逃げ足だけは自信があるので」


「なるほどな……」


 俺には考えもつかなかった戦い方だ。

でも、確かにハスタにとっては、自分の特性を活かした、最高の作戦と言える。

ハスタが少しわかった気がした。

 それから、少しだけ他愛もない会話をして、俺達は別れた。

第四部隊の追っ手が寮内の警備を始めてしまったため、その日は第二部隊宿舎『ドドムス』に戻ることにした。

 アナは元気にしているだろうか。

またの機会にでも逢えたなら。そんなことを思いながら、俺は自室の寝具に横になるのだった。

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