4-81.『裏切り者』と『神議』(その六)

※今回も前回と同様、ゼウス視点から展開されていきます。



 『神様俺達』の『答え』といえど、たった一つで何もかもを説明できる訳ではない。

様々な要素が複雑に絡み合うことで、現状の軋轢や柵が生まれているのだ。

相手の抗戦意識は刈り取れたが、外的要因が混入してくる可能性もある。

俺の見立てでは、諸々のことを終わらせるのに凡そ一週間はかかる計算になっている。

そこまでは、俺が付きっきりで面倒を見なければならないし、どうしたものか……。


 よし、ここはこうしてみよう。様々な案を出しては消す中で、一つめぼしい択に辿り着いた。

俺は天井に両手を掲げ、脳内である言葉を叫んだ。


――『触祟スピナ』!


 俺の心にあるのは、ザビとの時間を誰にも邪魔させたくないという切望と、邪魔されたらどうしようという懸念だった。

その二つの不確定要素を消し去るため、隠し部屋全体に魔法を施すことにした。

この魔法を使えば、外部からの侵入や通信を完全に遮断することできる。

入ってこようとしたり、何かを伝えようとしたりすると、一時的、せいぜい一週間ほどではあるが、精神異常を引き起こすことにつながる。

まぁ、『金の領域ここ』を根城にする俺の仲間が引っ掛かるようなことはないと思うが。


 さて、舞台は整ったと言えるのではないだろうか。ここまで長かったが、もう後は話して聞かせるだけとなっている。

要点は全部で三つだ。

一つ目は、世界の『支配』について。二つ目は、『神種ルイナ』の存在について。そして、残す三つ目は、今後の展望について。

人類は俺達からの自分らへの思いを知らなかった。でも、それは俺達とて変わらない。

お互いがお互いを牽制し合い、どこまでも理解を拒んでいた。

だから、『オリュンポス十二神俺達』は『幻の十一柱目』を創造したのだ――。


「さぁ、ザビ。予てから、お前のことは聞き及んでいる。

まぁ、『幻の十一柱目』に過ぎないのだが」


「お前は、『答え』をくれてやると、そう言い放ってきた。

俺はこんなどこかもわからないところに連れてこられて、抵抗も面倒くさそうにあしらわれて、どうしようもなくなった手前、もうお前を信じるしかなくなっちまった。

だから、教えてくれよ。全部を一つ残らず、俺に!」


「わかっている。それが世界の滅亡を食い止めることになるのだからな」


 ここまで切り出したものの、どうにも話の進め方に戸惑いが出てしまった。

しまったな。自慢げに要点を並べはしたが、そう単純なものでもない。

そんな熟考の構えから淀みを感じ取ったのか、ザビはいきなりこんなことを投げかけてきた。


「まず、聞かせてくれないか?」


 質問か。確かに聞きたいことも多くあるだろう。

俺も要点はまとめてあれど、どうにも理路整然と話を進められなさそうだったところだ。

ここは、流れに乗ってあげる方が賢明かもしれない。そう判断した俺は、少々口角を持ち上げながら、コクリと頷いた。


「何でも答えよう」


「なぜお前達は、俺達を滅ぼそうとしてくるんだ?」


 随分と直球ではあるが、暴論にも程がある。ここはしっかり否定しておかなくては。


「俺達が?」


「『神様お前達』以外に誰がいるんだ」


 そうか、ザビ達人類は、ずっと『神様』に追われる身分であり続けた。

恐らく脳裏にはドラゴンが浮かんでいる筈だ。

ドラゴンは初降臨当時から、『一千年』に一度、世界の秩序を守るために現れ、人間にとっての災厄を齎す『神様』の手駒であると明言されてきていた。

因みに、初降臨は七千年も前のことになる。七千年も経てば、色々と変化もあるものだ。

その過程について知る由もなかった人類には、永遠に『神様』が滅亡を企む悪に見えていたに違いない。


「なるほど、そこからか。いいだろう。

『神様』は皆残らず、人類より遥かに強靭な肉体と強さをもっている。

だが、幾ら同じ『神様』であるからといって、一枚岩の様相を呈している訳ではないのだ」


「俺達は『死の救済マールム』から攻撃を仕掛けられているらしいな。もしかしてそいつらは……」


「ほう、勘が鋭いな。そうだ、その『死の救済マールム』とは、俺達は敵対関係にある」


「ってことは、お前を筆頭とする奴らは、俺達と同じ『目的』をもっているのか?」


 コイツ、意外と物分かりがいいというか……もっと感情的な思考の持ち主だと思っていた。

さっきの乱暴な魔法行使でかえって冷静になれたのかもしれない。


「あぁ、いかにも。俺達は世界の滅亡なんぞ、死んでも求めていない。人類さえも愛しているんだ!」


「本気かよ⁉ いや待て。は、ちょっ……えぇ!」


「驚くのも無理はないな。もう一億年は争い続けてきた関係だ」


「じゃあ、なんで」


「最初はな、俺達も人類をあまりよく思っていなかったんだ」


「…………」


「世界滅亡計画を組み立て、初めに事を動かしたのは『オリュンポス十二神』。そう、正しく俺達だ」


「……そこから変わったのか」


「そう。俺達は変わった。何もかも。世界がひっくり返る心地だったさ。

計画を通してじっくり見つめた人類は、それほどまでに美しかった」


「美しい……」


 直ぐに理解されるなんて思ってもいない。そんなことが現実で起きたなら、それはそれで己を疑う。

騙されているのではないか、どこかであざ笑われていたのではないかと。

でも、そうじゃない反応で安心した。これが至極普通の反応なのだ。

俺は少々顔を赤らめながら、赤裸々に言葉を紡いでいく。

 知ってもらえる。たったそれだけのことで、こんなにも心が弾むなんて。

『神様』だけで円卓を囲んでいた時には、あまり覚えたことのない感覚だった。

その時、気が付いた。


――俺、いや俺達は、『支配』なんて向いてなかったのかもしれないと。


「その小さくても、醜くても、弱くても、泣いても、怒っても、見放されても、それでも尚、生きていくその姿が、堪らなく愛おしくて愛おしくて、美しかったんだ」


「でも、計画は進めたんだろ? それについてきた『神様』だって、いたんだよな? そんな直ぐにはよ……」


「そう、そうなんだ。計画は中止されたものの、もう滅亡因子はばら撒かれていた。

それが――『神種ルイナ』だったんだ」


 流れるように溢れ出ていった思いの丈。もう止まることなんてできやしなかった。

全部伝えて、全部委ねる。俺達にできるのは、もうそれだけなのだ。

俺の言葉を受けたザビは、半開きになった口をほったらかして、俺の目を見つめ続けていた。

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