2-25.謎の先生

 その人は、青藍のショートカットに白衣を着た、背の小さな女性だった。仁王立ちで登場し、馴れ馴れしくエラーに突っかかっていることから関係性が深いことが予測される。


「おー、これはこれはイノー先生じゃないですか!

お世話になっております!」


 エラーが敬語……⁉

エラークラスの人物がこんなにへりくだるなんて、彼女は相当な権力者、もしくは実力者かもしれない。

俺が人知れず、喉の渇きを感じていると、無駄に大きな素振りを見せてエラーの言動を否定する。


「やめるんだ、エラー!

ワシらはお互い同じような立場にいる訳だし、タメにしようと言ったであろうに。

あと、『先生』っていうのもエラーからはできれば言ってほしくないぞ」


「そうか、そうだったな!

つい塔にいる時のお前の姿が目に浮かんでしまってよ」


 もう勘弁してくれ、エラー。そう言って、ノッホッホッホと奇妙な笑い方を見せてくる。

 イノー先生と呼ばれた、謎の存在――俺はその正体が気になって、エラーの足を軽く蹴った。

俺の顔を見て、ハッとした表情を浮かべるエラー。

絶対こいつ、俺のこと忘れてただろ。そう言いかけて、俺もそんな状態になっていたことを思い出す。

これで貸し借りナシってとこだな。そう自分で納得していると、エラーから正式に紹介が始まった。


「内輪の絡みに巻き込んでしまってすまないな、ザビ。

この人は『我世』第四部隊、部隊長のイノー・スーだ」


 第四部隊長だって⁉

驚きが隠せず、口が半開きのまま静止する。目の瞬きが止まらなかった。

いくら王都だからと言って、こんなことが起こり得るだろうか。


「お初にお目にかかるな。ワシがイノーだ」


 白衣を翻しながらの自己紹介はどことなくかっこよさを感じてしまい、圧倒される。

その勢いに押される形で、いつもらしからぬ声での返答になってしまった。


「は、初めまして。ザビだ、よろしく」


「うむ、よろしく頼むぞ、ザビ少年」


 なんかこの人は苦手かもしれない。

俺の唯一の売りの、活きの良さがガッチリぶつかって相殺されてしまっているように感じる。

でも、間違っても初対面でそんなことは言えないから愛想笑いを全力で作っていた。

思う限りの糸目、思う限りの口角の上がり具合、思う限りの身振り手振り、全てが最高に調節されたものだと自負している。

それなのに、なぜか対峙したイノーさんから冷たい空気を感じ取った。


「……なぁ、ザビ少年」


「はひぃ」


 妙な間をもって放たれたイノーさんの低い声に、焦って肯定になりきらない吐息が被せられる。

まさか、この笑顔が愛想笑いだって気付かれたんじゃ……。


「君、ワシのことだろ。

わかるぞ、なんてったってワシは『探真者』だからな!

ノッホッホッホッホ!」


 なな、なん、で気付かれたんだ? 俺の演技が下手過ぎたのだろうか。


「なぁ、エラー。

俺、愛想笑いしてたように見えたか?」


 不安そうな俺をよそに、エラーは笑いを堪え切れないと言った様子で、端的に答えてくれる。


「確かに、ザビは俺も騙されるくらい上手な愛想笑いをしていたと思う。

だがしかし。イノーは、真実を見抜く魔法が使える『探真者』。

お前ごときの小手先の術では太刀打ちできないぜ?

ラッハッハッハッハッハッハ‼」


 最後の最後には爆発してしまったようで、一人で吹き出していた。

俺がバレないように、バレないように、と苦心していた心の内を想像し大笑いしているのだろう。

この野郎、修行が終わるころにはボッコボコにしてやるからな。


「エラー、ザビ少年がお前さんのこと、ボッコボコにするとか言ってるぞ?」


「何ぃ?

言ってくれるじゃねーか、ザビしょーねーん‼」


 くっそぉ!また見抜かれた!もうどうしろって言うんだよ……。


「はぁ、やはり初見の人を困らせるのは面白いものであるな。

もう気を抜いて大丈夫だぞ。

ワシの能力も万能ではない。

今は何の真実も見通せんわい」


 一時はどうなるかと思ったが、助かった。


「それで、イノーは何のためにこんな中心から外れた酒場まで?

この時間にはもう塔で寝ていてもおかしくないだろうに」


「あー、そのことか。

だよ、特に深い意味はない」


 俺でも分かる。イノーさんは、きっと


「そういえば、良かったな、エラー。

部隊長解任が取り止めになって。

ワシも心配していたぞ」


 不穏な空気を悟ったのか、それとも真実を読んだのか、話題の方向を百八十度切り替えていく。

エラーもそれに準じて話し始め、至って普通な雑談が始まった。

 何の目的をもってやってきたのか、未だ謎が深まるばかりのイノーさん。

それでも、何かの目的があることは間違いない。

不安も大きいが、今下手に動けば感付かれて先回りされてしまうだろう。

とにかく観察していこう。そう考えを固め、話の相槌を打つのに尽力するのだった。

試験当日まで、残り二十六日。




✕✕✕




 ザビとエラーが話し込んでいる傍に潜んでいた、橙の長い髪をもつ女性の影。

そこには、彼女の連れはいない。

だが、彼女の脳内では綿密な会話がなされていた。


――シショー、彼らは楽しそうに会話を始めました。


――そうか、了解した。じゃあ、どんな内容を話しているか、要約しながら伝えてくれ。


――はい、シショー。…………


 こうして、秘密裏につながっていた通信がプツリと切れ、現れたのがイノーだった。


(ありがとな、


 口を引き結び、糸目な目を見開いて、ザビ達の方へ近づいていくイノー。


(全ては――)


「これは、これはエラーじゃないか!

ご無沙汰しておるな、ワシだ」


のために――)

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