2-26.『神様』の『答え』には、逆らえない

 すっかり夜も更け、酒場の明かりが表を通る人の横顔を綺麗に映し出している。

今日は月も良く見えていて、最高の飲み会日和だ。

俺、エラー、イノーさんの三人で顔を突き合わせ、一つの卓を囲んでいる。

それぞれ視線を交わしつつ、時折目尻が下がると、温かい空気が生まれる。

約一名――言うまでもなく俺は、どこか引っ掛かるところがありつつも、とりあえず場のノリに身を任せている状況ではあるが。

席に着いたイノーさんによって、しばらくの間、他愛無い話が展開され続けていた。

世間話は止まるところを知らないらしく、延々と話題が供給されていく。

 だが、ここで一石を投じるような言葉が二人の間に落とされた。


「ところで、ワシが来る前はどんな話をしていたのだ?」


「そうだな、あまり大きな声では言えないが、『覚醒啓示』の情報をザビにも共有していたんだ。

まー、色々思うところもあってだな……」


「なんと!

エラーは、そこまでこの少年を信用していると!」


「……なんか、あんまりいい気がしねぇ言われようだな」


「まぁ、そう言ってくれるなよ、ザビ少年!

それほどまでに『覚醒啓示』の情報は、最重要秘密トップシークレットになっているということなんだ」


「てか、そんな大層な呼び名があったんだな。

なんで俺にはその呼び名で、教えてくれなかったんだ、エラー?」


「えー、なんかお前、呼び名聞いただけで煩くなりそうだったんだもん!

なんてったってザビだもんな‼

ラーハッハッハッハッハッハ‼」


 駄目だ、こいつ。

もう酒が回って脳の留め具が三、四本外れてる。元々あってないようなもんだけど。

エラーの鍛錬トレーニング訓練カリキュラムが狂っていたせいで、今日の夜の訓練カリキュラムが無くなったのだから、この言われようでも仕方のないことだろう。


「そうかそうか、ならワシも自分の受けた『覚醒啓示』教えちゃおうかの……」


「おー、そいつは気になるが、いいのかい?

教えてくれちゃってよ」


「どうだい? 聞きたいかい?

さぁさ、どうなんだい⁇」


「聞きたいか、聞きたくないかで言ったら、そりゃ聞きたいに決まってるぜ!

ザビもそうだろ?」


「まぁ、聞けるなら聞きたいところだな」


 で有益な情報をもらえるなんて、乗らない手はないだろう。

そもそも俺が『我世』入隊を目指し始めたのは、俺の秘密を知りたいからだ。

俺の秘密は、そんじょそこらに転がっているような陳腐なものじゃない。

恐らく、一般人より博識なオズさえも詳細な情報を持ち合わせていなかったことが、何よりの証左だ。

イノーさんはもう既にそこに入っているんだし、俺の欲しい情報をもっているかもしれない。


「よぉし、そこまで言うなら教えてやらんこともないわい!

実はな……」


 ここで、ずっと大きめの声を出していたのに、いきなり小さめの声で話し始める。俺たちも慌てて顔を近づけた。


、十柱の『神種ルイナ』は、この十個に分けられた世界と『つながりリンク』をもっているのである!

神種ルイナ』は世界と命のつながった関係になっているということだな」


「ということは、俺たちに何かがあったら、世界にも何かしらの変化が起きるって言うのか?」


 焦ったような声音で、声を絞り出すエラー。

それに首肯で返しながら、更に何かを聞こうとしたエラーの口を人差し指で軽く押さえながら、イノーさんは尚も続けた。


「だからと言って、『神種ルイナ』にできることは何もないぞ。

そう――『神様』の決めた『答え』には、絶対に逆らえないのだからな」


 顔の距離が変わらないまま、数秒が経つ。

どうにも反応が思いつかず、蟀谷あたりからつうっと汗が流れてきたのを感じた。

気まずい雰囲気が形成されつつあったので、エラーと俺は顔を引っ込め、一息つく。


「こんなやべー話聞かせてくれてありがとな。

正直ピンとこない部分も大きいけど、きっと今後必要になってくる情報なんだろうなってことは分かったぜ」


 何とも要領の得ない言動を見せるエラーに少々の呆れ顔を見せ、俺に「この人、どうするよ?」みたいな目を向けてくる。

どうするって言ったって知らないわ。もう酒に惨敗したオッサンのことなんて、正味ほっといていい。

そんな考えを俺も目力でイノーさんに訴えかけた。

すると、イノーさんは目に見えてわかる溜め息を一つ。

それから、続けざまに落ち着いた口調でこんなことを言ってきた。


「ワシの大事な大事な『覚醒啓示』も教えてあげたことなんだし、ここは一つ、任務ミッションを頼まれてくれないか?」


任務ミッション

一体何をすればいいんだ?」


「あぁ、受けてくれるのかい!

それはありがたい!」


 は?

いや、違う。四の五の言わずに受けるってことではなくて……。


「あ、いや、そういうんじゃ、なく……」


「そうだね、うんうん!

内容は追って説明していくよ。

なぁ、いいだろ、エラー?」


 うわ、やられた。

タダでなんか情報がもらえる訳ないじゃないか。

一回肯定にも似た発言をしてしまったばっかりに、止まらなくなってしまった。

今のエラーに聞いてもまともな返答が返ってくる訳がない。

何時間も飲み続けた男の末路だぞ。もう半分屍ゾンビみたいなもんだよ。


「うぇー、うん。いいよー」


「よしよし、これで文句は言えないな!

ザビ少年!」


 無邪気で、真っ直ぐな笑顔を見せてくるイノーさんに対して、もう拒否なんてできる訳がない。


「…………はい」


 突然降ってかかってきた任務ミッションの依頼。

一抹の不安はあるものの、『覚醒啓示』なんて大仰なものを聞かされてしまっては、もう聞き入れる他ないじゃないか。

エラーも酒によって、もう正常な判断ができない脳に仕立て上げられている。

よし、やるしかないならやってやろうじゃないの!

試験当日まで、残り二十六日。

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