2-24.世界の分かれ目

 二人の空間には随分の間、沈黙が居座っていた。

ただ二人がお互いの興味を失ったという訳ではない。

寧ろその逆で、二人は深く深く相手の思考を読み、出方を窺っていた。

楽しく雑談と銘打っていたのに、蓋を開けてみれば緊迫の心理戦の様相を呈しているように見える。

実際は、それほど高度なことをしている訳ではないのに、冷や汗が止まってくれない俺の身体。

目線を俺の眉間に固定して、何かを期待しているエラーには悪いが、この空間は長く続いてほしくない。

痺れを先に切らせたのは、俺の方だった。


「で、十個に分けられた世界って、どういうことなんだ?」


 遂に破られた無音の世界に、エラーは盛大に顔をしかめた。

その反応を見て、俺は少し身体を仰け反らせる。


「あー、もう終わりか。

この独特なヒリヒリ感をもっと味わおうとしたのに……」


「なんで残念そうにしてんだよ。

俺はこういう空気感好きじゃねぇからな!

てか、こんなのを楽しみたいってお前、そういうちょっと苦しむ系のやつが好きなのか?」


 適度に煽り口調にしながら、地味に痛いところを突こうとする。

このくらいの反撃はさせてくれ。お前の酔狂になんざ、こっちは付き合いたくないんでな。


「そう返してくるか、面白い!

まー、そうだな。

いじめられるのとか、苦しむのを気持ちいいと思うタイプかもしれねーな」


 嫌味で切り返したつもりなのに、全く知りたくない情報を頭に入れることになってしまった。

世界一覚える必要のない情報だろう。

真面目な顔して何言ってんだ、このオッサンは……。


「さて、余興はこれくらいにして、もう少し話を進めよう」


 何事もなかったかのように、事を進めようとするエラーに対しツッコまざるを得なくなる。


「最初からそれでいいんだよ」


「まー、良いじゃねーか!

こうやって二人で真正面から話すのも初めてなんだからよ」


 俺も同行する者がいない独り身だし、別に予定スケジュールがパンパンに詰まっている訳ではない。

だから、良いには良いが……。

誰かと一緒に時間を共有することは、人の活力になる。

その人を支える柱になることもあるんだ。

ずっと一人で生きてきたやつを知っているから、俺には痛いほどわかる。


「じゃあ、大分と時間がかかってしまったが、十個に分けられた世界について話す。

でも、別に難しい話という訳でもないんだ。

なぜなら文字通り、世界は十個の塊が一つになったものというだけだからな!」


「それは、物理的にってことなのか?」


「まー、そういうことになるな。

そんでもって、その十個に分ける基準のようになっているものが、今俺たちがいる王都ってことだ」


ゲートが十個あるのは、もしかして世界を十個に分けるためってことか?」


「おいおい、いつもは抜けてんのに今日珍しく頭が回るじゃねーか!

実は、そうなんだ。

そして、更に驚くべきことを一つ……」


 『一つ』と言ってから、いきなり間を開け始めた。

あー、また始まったか。

エラーという名のメガネ野郎、もしかしなくてもヒマだろ?


「もうそういう手法、飽きてきたぜ?

さっさと言っちまった方が、こっちは助かるんだが……」


「ザビ、お前は享楽という言葉を知らないのか?

せっかちな男はモテないぜ?」


「おっと、お前までそれを言うのか!

よしてくれよ、エラー」


 俺が早口で反論を返すと、すかさず表面積の大きい顔をニヤけさせてきた。


「ははーん……それを女に言われた、と」


 『女』という言葉が出てきた途端、一気に顔が赤くなる。

お湯が沸騰したかのように、頭からは湯気でも出てるんじゃないだろうか。

ガバッと腰を浮かせ、目力を込めてエラーを睨み付ける。


「おい、それ以上言うな!

それ以上言ったら殺すからな‼」


 真っ赤になって唾を飛ばす俺を、エラーは少しの間笑い続けた。

もうその場で立ち上がっているのも恥ずかしくなってきて、そっと席に着くと、エラーはごめんなと平謝りをカマしてくる。

薄い笑みの消えない顔が憎たらしくなって、顔の前に手で壁を作った。


「はい、これで終わり! 本題本題!」


 半ば投げやりな言動に、形式上のすまなそうな顔を見せて話を始めた。


「すまん、すまん!

まさかこんなからかい甲斐があるなんて思わなくてつい、な。

もう回り道せずに言っちまうと――この王都、俺たち、人類が発展させる前からこの原型をもっていたらしいんだ」


「えっと、もっと詳しく説明してくれ」


「この王都のゲートまで続く道は、人間が手を加える前からこの大地に存在していたらしいんだ。

当時は道としてではなく、大きな溝として――そう、として」


 エラーに振り回されることが主だったが、大きな収穫があった。

これは紛れもない、世界の真実だ。

世界は『神様』がいた時代には、十個に分かれていた。

この事実が何につながっていくのか、今はまだわからないことだらけだがいずれわかってくるはずだ。

あの後、二人で注ぎ合いながらお酒を飲んで、ほどほどの時間が経った。

今日は、貴重な話を聞けてありがたかったぜ。そう言って、その場を去ろうとした時。


「これは、これはエラーじゃないか!

ご無沙汰しておるな、ワシだ」


 そこには、小柄で白衣を身に纏った、ショートカットの女性が仁王立ちしてこちらを指差していた。

酒場の光に照らされて、その青藍せいらんの髪がつややかに輝いている。

誰だか分からない人物の登場についていけない俺は、ただ視線をそちらにもっていくことしかできなかった。

一体この人はどんな存在なのか。

試験当日まで、残り二十六日。

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