『酒場』編

2-23.十個の門

 お馴染みの酒場は相も変わらず大盛況で、そこらの荒くれ者や冒険者で溢れかえっていた。

俺は、エラーと一対一で向かい合って席に座っている。

エラーは周囲の喧騒を掻き消すくらい、間近に見ると迫力があった。

それもそうだ。だって、他でもない外見が、蟀谷にドラゴンの入れ墨をしているスキンヘッドなのだから。

度々突っかかられるエラーを尻目に、俺は肩を強張らせていた。

そんな様子の俺を見て、エラーは露骨に眉をひそめ心配そうな顔をする。


「ザビぃ、そんなに固くなるなよ!

俺はお前とちょっとした情報共有がしたいだけなんだからさ!」


「そうは言っても、なんか……エラーとはこうゆうことすると思ってなかったし、少しばかし緊張してな」


「なんだよ、白々しい!

今日は気儘カジュアルにやろーぜ」


「ま、いつまでもガチガチなのもあれだしな。

うっし、そうしよそうしよ!

じゃあ、エラーさんがどんなことを話してくれるのか、楽しみにしてんぜ?」


 お互い白い歯を見せ合い、いよいよ開幕の合図が鳴った。店員さんにお酒をもらって乾杯の音頭を取る。


「元気になって早く修行が再開できますように! 乾杯!」


「かんぱーい!」


 この世界では、成人は十六歳。

俺は十七歳だから、十分成人といえる歳になっている。

だからと言って、そんなに飲酒の機会はあった訳ではなかった。

強いて言うなら、オズのところにいた時に何度か飲ませてもらったくらいであとは記憶自体がないから分かったものではない。

人生の大半とまではいかないまでも、ずっと昏睡状態になっていたこともあって、見た目や言動より人生経験は少ない方だろう。

恋愛だって、少し前に起こったアナとの一件くらいなもので、皆無と言っていい。

そんな自分のくだらない履歴を思い起こし始めたことで、エラーの存在をつい忘れてしまっていた。

ハッと意識を戻すと、呆れ顔をしたエラーがじっと俺の様子を注視している。


「お前ってやつは忙しい奴だな!

さっきまで心ここにあらずみたいな感じだったのに、今は安心しきってもはや俺を無視していたぞ」


「すまねぇよ、エラー。

早速本題に入ろうぜ!」


 恥ずかしさも相まって、この話ももう終わりだと言わんばかりに、強引に本題に入ることを強制していく。


「ったく。ほんとに調子のいい奴だ。

だが、いいだろう。

……先に忠告しておくが、俺が今から言うことは本気でだ。

大きな声で反復したり、俺に聞き返したりするんじゃないぜ?

俺はただの一度しか声に出さない」


(ゴクリ)


 緊張感のあまり、思わず喉が声を上げる。

それを肯定と捉えたのか、小さく頷いてエラーは『あること』を話し始めた。


「俺が今から話すのは、この世界の『答え』に近づくと言われている、重要な情報だ。

俺のように覚醒を遂げた一部の『神種ルイナ』と、恐らく『神様』しか知りえないものらしいぜ」


「ちょっと待て、もうすでに分からない単語が一つある。

覚醒って何なんだ?」


「あーそうか、ザビはまだ覚醒を知らないのか。

それも後で教えてやるが、今はまぁ、聞け」


「言い方は癪に障るが、聞くよ。

エラーがそんなに言うなら相当なことなんだろ」


 いつもは目尻が垂れ下がっている顔を常に湛えているというのに、今日は酷く真面目な顔を見せ、へらへらと歪みがちな口元が自然と引き締まる。


「そうだ、ザビ。

お前は王都への入り口が何個あるか知っているか?」


「えぇと、ゲートの数ってことか?

だったら、十個だろ?」


 そうそう言い忘れていたが、この王都のゲートの数は十六個ではなく十個だ。

北東、北西、南東、南西がそれぞれ二つずつゲートを有している。


「そう、十個だ。

だが、何かおかしいとは思わなかったか?」


「おかしい、か。

んー、どうせなら十六方位で作った方が分かりやすかったような気もする……。

実際、俺の馴染みの町も十六方位を元にした町設計だった」


「だよな!

そんで、そいつに重要な理由があるって言ったら、お前は信じるか?」


「重要な理由? なんだよ、気になるじゃねぇか!

信じるも何も今から語られる話は全部真実なんだろ?」


「おーっと、お前つまんねー奴だな。

ふん、まぁいい。

お前の言う通り、全部真実だからな……じゃ、話すぜ」


 妙に時間をかけて話そうとしてくる。

視線と視線が交錯し、二人だけの世界にでもなっている錯覚を感じた。

時間が極限まで引き延ばされているようにすら、身体が誤認する。


「この王都のゲートが十個になっている理由は――世界が十個に分けられているからだ」


 世界が十個に、……⁉

違和感しかない表現に、もはや自分の耳を疑った。


「な、なんだよ。そいつぁ……」


 理解の追い付かない俺の呟きは、空気に溶けていった。

何も答えてくれないエラーに、続きを目で求める。

何とも言えない微妙な空気感が二人を包み込んでいた。

試験当日まで、残り二十六日。

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