2-39.太陽の当惑

 アナは、意味を理解しかねるといった表情を前面に押し出している。

イノーさんからの俺『探真者』説は、ペレグリー、インウェン通り沿道のとある家屋内を震撼させていた。

かくいう俺自身も言葉の意味は受け取れても、まるで実感が湧いておらず、誰も共感の相槌が打てないでいる。

イノーさんだけがしたり顔で、反応を待っていた。


「『探真者』は、シショーの『神種ルイナ』としての名前でしょう⁉

神種ルイナ』の能力は、他人に譲渡することはできないじゃないのぉ?」


 アナはあくまで冷静に、現在突き付けられている不可解かつ非現実的な論をぶった切った。

神種ルイナ』のことを少しでも知っている人なら、当然の反応だ。

それに対して、イノーさんも余裕綽々と言った顔付きで解説する。


「ワシもそのように思っていたさ。

だが、ワシがこのザビ少年を見通した『真実』には、魔法使用者の血を媒介にして、その者の魔法を習得することができる能力をもっていると示されていたのだよ!」


「う、うそぉ!」


「ワシがこのタイミングで嘘など吐くか!

まぁ、実際ワシがザビ少年に血を分け与えたところ、このように成功したって訳だ」


 自慢げにペラペラと語り、終わったところでフンスと息を漏らす。

自説が立証されたことが、嬉しくて仕方ないのだろう。

褒めて褒めてという感情が駄々洩れになっている。

しかし、これでもアナはしっくり来ていない様子で、軽く質問を飛ばす。

もう自殺は良いのだろうか。やっぱりかまってちゃん自殺だった……?


「シショー、さっきは魔法の習得と言ったけど、実際は『探真者』まるごとの習得だったってことぉ?

もしそうなら、シショーの『探真者』の能力はどうなるのかなぁ?」


「そうなのだよ!

ワシもてっきり魔法だけが習得されるのだと勘違いしていたのだが、どうやらとなるらしい。

それと、ワシの権能についてだが、そこに関しては今なお何の遜色もなく使用することができるから大丈夫だ。

ほら、今アナは自殺をする気が無くなっているだろう?」


「それなら俺にでもわかるぞ?

てか、なんで自殺なんかしようとしたんだ?

こうやってお前に協力的になってくれる人だっているのに……」


 俺が能力を使用できるようになった今でも、イノーさんの能力に変化はないみたいだ。

ただあまりにも置きに行った『炯眼ペネトレイト』だったために、思わずツッコんでしまった。


「確かに今のアタイは、自殺をする気持ちが失せちゃってるぅ。

でも、さっきまでは死ぬ気も全然あったよぉ。

『なんで』、かぁ~。難しいねぇ……」


 アナは、釈然としない心の内を少し明かす。

イノーさんとは打って変わった冷静さが際立つ物言いに、なんとも言い知れない恐怖を感じた。

アナには最愛の人、へイリアさんがいた。

彼との婚約を認めてもらうために、俺に協力してエラーとの交渉機会を獲得。

そして、一考の余地もなく敗北した。

そこからの動きを、俺は知らない。

でも、もしイノーさんと綿密に繋がっていたとして、エラーの『壁外調査』行きが無くなったと知れば……。


「アナ、お前が死にたくなったのは――結婚についてのことだろ?」


「――ッ」


 何も口に音階が乗らず、空気だけが漏れ出た。

これは、もしかしなくても図星だ。でも。だとしたら――。


「もし俺が言った通りのことを考えているのなら、もう解決したぜ?

とくと驚け、お前のシショー様が朝早くから頑張ってくれたおかげで何とかなったんだ!」


 アナはキョトンとした顔のまま、俺をじっと見つめている。

人が死を選ぶのは、自分の中で絶体絶命の最終局面の時に限るだろう。

きっと追い詰められて追い詰められて、その優しさに胸を焼かれてやっとの思いで決断したことだったと予想される。

だからこそ、今この状況が誰よりも理解できていないのだ。いや、必死に理解を拒んでいるのだ。


「……ばっちりばっちりぃ。

お兄さんが言っていた通り、アタイは結婚への希望が潰えたと思って、死を選んだのぉ……。

彼が隣にいない人生を歩んでいくには、アタイの覚悟は足りていなかったってとこだぁ」


 自虐する声は弱々しくて、あまりにも情けなかった。

悲痛な願い、切望の先にあった、救いともとれる死。

そこに辿り着けず、極め付けは――。


「アタイはまだ、生の上に成り立つ救いをかけられてもいいのかなぁ……?

シショー達はさぁ。もう終わった、消えてしまったと思っていた灯に……微弱で、それでいて温かい光に、もう一度手を伸ばす機会を与えてくれているんだよねぇ」


 この数日間で、かなり精神を食われたらしい。

ここまで自分を追い込んで、首絞めて、苦しくない訳ないじゃないか。


「もちろんだとも! 我々はアナの味方さ!

ワシが今日、お前のために奔走した話を聞かせてやろうではないか――」


 そこから朝の一連の出来事をアナにも伝えてやった。

長時間の共有はできないこと、修行の時間が意外にもカツカツで準備に手古摺てこずってしまったことなどがアナに連絡できなかった理由らしい。

アナもここまで心を病んでいたことを、イノーさんには話せていなかったのだろう。

彼女らの会話不足も作用しての今回の騒動だった。


「すっきりすっきりぃ!

とにかくこれで延命だなぁ!

『壁外調査』は頑張るから、よろしく頼むよぉ!

ガッハッハッハッハッハ‼」


 すっかり元気を取り戻したアナが、決戦に向けての宣誓を力強く述べる。

さっきまでとはまるで別人だ。でも、これこそがアナという女性。

強く逞しく、大胆不敵で気持ちの良い笑顔を見せる。

 解散する頃には、コロコロと表情を変える、以前よく見ていたあのアナに戻っていた。

前はとんでもない別れ方だったけど、また仲良くなれそうだ。

試験当日まで、残り十五日。

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