2-38.三人目は

 腐肉の香りと焼け焦げた柱が未だに残る、王都北区画。

その名も生活不全区域――ペレグリー。

討伐戦の直後からは見違えるほどマシになったが、以前のように住民達が和気藹々わきあいあいと暮らす姿はあまり見なくなってしまった。

ごく少数の人が激減した居住可能区域で、数十人単位で暮らしているのが常だ。

とはいえ、全員が全員いなくなった訳ではない。

実際、俺がこの王都に入ったのは北のゲートからであり、そこで聴衆の視線をほしいままにした、エラーの華麗な逮捕劇はこの区画で拝んだものだった。

 俺がペレグリーに着いて数刻、イノーさんも後から追ってやってきた。

ここからは手分けして、アナの捜索に当たる。

あの時、無自覚に唱えられた『索思クエスト』という魔法。

あれのおかげでこうして、当たりを付けて行動できているが、発動理由も発動条件も全くと言っていいほどわからない。

ただ魔法を使えるのは、『神種ルイナ』だけだから、きっと誰かの能力の派生として俺に覚醒したんだと思う。

まぁ、詳しいことはアナを救ってからでも遅くはないだろう。

俺は、中途半端に復興した区域内を駆け巡った。

 端から順番に、王都五分の一の敷地を回る。

右側を俺が、左側をイノーさんが担当することにして、見つけ次第『干渉共有オーバーサイト』で報告することになっていた。

五分の一とは言えど、完全に復興している家屋はさほど多くない。

索思クエスト』で見た景色には、復興し切っていない家屋の中にアナは一人でいるようだった。

決して少ないとは言えないが、探すべき家屋はかなり絞ることができた。

そして、残すところは中央に位置する通り五つ分、担当は俺の分が一本、イノーさんの分が四本といったところだ。

 そうこうしている内に、俺は自分の担当区域分を完全に見終わってしまった。

これで、見落としがあったとしたら最悪だが、この状況でそんなことをするほどアホではないと自負している。

イノーさんは俺より身体づくりができていないこともあって、かなり難航しているようだった。

時間短縮、並びに少しでも早くアナを見つけてあげられるよう、イノーさんの区域分も見て回ろう。


――イノーさん、俺見終わったし手伝うぜ!


――ハァ、ハァ、ハァ……。

ザ、ザビ少年、よろしく頼む……!


 もうそろそろ体力も限界に近いのだろう。

荒くなった息遣いまで共有されてくる。

イノーさんの体力も少しでも温存させて、アナに立ち会わせてやるんだ。

そうしなきゃ、アナが

……なぁ、そうなんだろ、アナ?

考えてもみろ、普通自殺をするなら一人で勝手に逝くもんだ。

わざわざ共有までしてきてるってことは、まだ逡巡の範疇でくすぶってるってことじゃないのか。

本当は、まだこの世に未練がある。

そうなんだろ!

頭の中を引っ掻き回す勢いで、理論を、いや都合のいい解釈を組み立てながら、一軒一軒確認していく。

魔法によって映し出された風景には、窓から寂れた物悲しい通りの様子も漏れなく窺えた。

ここじゃない。ここじゃない、ここじゃない。ここじゃない!

この通りにある家屋群。調べ終えたのが十軒を超え、残りも僅かになってきた。

 もうここにはないかと思われた時、三軒先からガチャンと大きな音が鳴り響いたのだ。


――イノーさん、今の音聞こえたよな!

俺は先に向かってるから、後から来てくれ!


――ほほう、頼もしい。……了解したぞ!


 イノーさんからの返事を受け、地面を蹴る脚に力を込める。

俺が、やっと誰かを救うんだ!

忙しなく動かしていた足を停止させ、対象の家屋を眼前に捉えた。

そのまま予備動作なしでガラッと戸を動かし、中の様子を確認する。

そこには――天井から先端に輪っかの付いた紐を吊り下げようとしている最中のアナがいた。


「何してんだ、アナ!」


 俺の声は、狭い家屋の中ではどこにいても届いただろう。

集中して作業をしているようだったアナも、思わずこちらに顔を向ける。

かと思えば、一度元の角度まで頭を戻し、またもこちらを振り返った。

見本のような二度見をカマしてきたアナは、やがて発声の仕方を忘れてしまったのかと勘違いを起こすほどに慎重に言葉を並べる。


「……び、びっくりびっくりぃ。

どうしてここにいるのぉ、お兄さん?」


「おいおい、こっちの台詞だぜ。

いきなり俺に共有してきやがって……」


 ぽかんと口を開け、俺の発言に納得がいっていない様子のアナ。

何か気に障るようなことでも言ってしまったのだろうか。


「さっぱりさっぱりぃ!

アタイが共有したのは、『探真者』のシショーだけだったはずなのにぃ……。

なんでお兄さんにも共有されたのかなぁ?」


「――話は聞かせてもらったぞ!

それは簡単なことさ」


 もっともらしい発声を携えた、謎の人物が後方から横槍を入れてきた。

が、アナと俺は、声の抑揚で誰であるのか察した。


「やぁやぁ、我こそはイノー・スーだ」


 ここにいる二人がわからない訳がない。

では、聞かせてもらおうか。イノーさんによって導かれた『真実』を――。


「先ほどの話、お答えしよう!

『探真者』に向けてのみに発信したはずの情報がなぜかザビ少年にも届いていた。

これすなわち――ザビ少年も『探真者』であることの確固たる証明であろう!」


 俺は、イノーさんの『神種ルイナ』の力、『探真者』を受け継ぐことが本当にできたのだろうか。

そうだとしたら、これは大きな大きな有益点アドバンテージとなる。

強力な武器を得たかもしれないという高揚感を抱えながら、俺は次の言葉を考えていたのだった。

試験当日まで、残り十五日。

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