3-35.懐かしい面影、去る口角

※今回は、前回、前々回の話の、ベルウ視点といった感じです。箸休め的にご覧ください。

ただし、物語の展開上で必要な話でもあるので、読み飛ばしは非推奨です。



 眼前には、右足、左足を交互に動かしながら、大粒の汗を流すザビさんの姿があった。

オレは口角を平行に保つので必死だった。

もっと苦戦すると思っていたが、実はそれほどでもないという事実が、たった『今』わかってしまったからだ。

余裕綽々な気持ちを隠すことなく曝け出し、オレはザビさんを追い詰める。


「ザビさん、驚きましたか。

この魔法によってつくられた光球は、その性質を自在に変化させ、好きなように操作することができるんですよ!」


 魔法これを人に使うのは初めてだ。

天空の民は少なからず『神様』の血をひいているため、当てにならなかった。でも、今回ようやく証明された。

オレの魔法は間違いなく、ザビさんを――弟の仇をることができると。

発動時よりもより激しく暴れ回り、魔法からの抵抗を見せるザビさん。

それでも、一人の力ではどうにもならないようで、堪らず声を張り上げる。


「なら、俺の足に纏わりついているこれは――」


 絶望は理解することで、更なる深淵を覗かせる。

優しいオレは、間髪入れずに答えてやった。


「はい。極度に粘性を高め、その厄介そうな足の自由を奪わせていただきました」


 決まった。何物にも代えがたい苦悶の渦中に追いやって、無惨に殺してやるから覚悟しておけ――。

そうオレが脳内で決意を語った三秒ほど。その間だけは、ザビさんの顔も曇っていた。

しかし、三秒後には足の自由を取り戻すため、無闇矢鱈に動き始めた。

その諦めの悪さには、思わず溜め息が漏れ出てしまう。

 結局、真正面から倒れ込み、胸を強打するザビさん。めり込んだ顎からは、少々の出血が見られた。

地面に顎をぶつけた後も、何とか拘束が解けないものかと地面をのた打ち回っている。

その無様を拝めただけでも、オレは幸福を感じた。

 まだ何かあるのか、ザビさんは首だけで何かを探す素振りを見せる。

どうやら仲間に言葉を投げているらしい。そうか、仲間か。

ザビさんの戦意を削ぐには、最高の餌かもしれない。

オレはそこで初めてザビさん以外の仲間に目を向けた。

ザビさんが見えた瞬間、そのただ一人の影しか目に入ってこなくなっていた。

何せたった三人の家族、そのうちの一人を殺した相手だったから。

 でも、後方を確認した時、驚きのあまりこちらの戦意が逆に削がれることとなった。

蟀谷に手を当て、蹲っている女性。一瞬覗かせた顔面に、その姿に見覚えがあったのだ。

その青藍の髪に、身を覆う白衣。小ささ故に、子どもかと勘違いを起こす容姿。

あぁ、。もうずっとずっと前の話、まだケルーおとうとがまだ物心つく前にまで遡る。

今、この場から去ろうとしている人は、オレ達家族の一人、姉のスーによく似ていた。

何もできないままの時間が刻々と過ぎていく。

どこか遠くなっていた耳が再び機能し始めたのは、ザビさんがアナと呼ばれた人物に声掛けをした時――。


「アナ、お前の魔法なら、ベルウに一泡吹かせられるかもしれない!」


 そうだ、『今』は戦闘中。しかも弟の命を奪った宿敵とのだ。

あの女性と姉の関係は気になるが、ここで戦いから逃げたら、弟の無念は誰が晴らしてやれるんだ?


「え、何か思いついたのぉ⁉ ……わかったよ、ザビっちぃ!

アタイに任せてぇ!」


 アナさんもザビさんに反応を返した。きっと反撃の狼煙が上がった瞬間なのだろう。

オレはもう一度、姉の面影を感じる女性に目を向ける。

こうなったら、彼女を攫っていくのもアリかもしれない。

そう思いながら、ザビさんの方に目線を投げるのだった。

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