4-95.『裏切り者』と『神議』(その二十)

※今回も前回と同様、ゼウス視点から展開されていきます。

※昨日に引き続き、楽しみにしていた方、申し訳ございません!

更新が遅れに遅れてしまいました。謝罪申し上げます。

本当にすみませんでした!!!!!!

※大幅に加筆をさせていただきました。

物語にも大きな影響があるため、あしからず。



 アスクレピオスは尚も撃を止めなかった。寧ろこのためにずっと抑えてきたのだろう。

どんなに自分の不整合性が指摘されても、俺達の会話に入ってこなかった。

入るだけ無駄。おかしな部分には多少なりとも自覚がある。

研究者であるなら、そのくらいの弁えを誓っていてもおかしくはない。


「完全体竜の準備はもう殆ど終わっているネ。下界から連れてきた『神種ルイナ』の血を以て、破滅は完成目前ヨ。

完全体竜は、知っての通り複製体竜とは比べ物にならないくらい驚異的な力を有しているネ。

そんな完全体竜が四体同時に降臨する。

複製体竜ですら満足に倒せていなかった人類に、四体も相手にできるのカナ?」


「下界に降臨? いつだ?」


「さっきの、私がここに来た『目的』を覚えているカナ?」


「時間稼ぎだったよな」


「正解ネ。で、その要求は二週間。

ただ実際のところ、十三日になってしまったと言ったヨ……」


「まさか下界への降臨は……明日なのか⁉」


「へぇ、察しがいいネ」


「世界を滅ぼすのか? その完全体竜四体で」


「それで滅ぼせるのカナ?」


「……いや、それだけでは滅ぼせるとは思えない」


「そうでしょネ。下界には、ある『神種ルイナ』をりに行くんだヨ。

その血さえあれば、ドラゴンは完全体へと至るワ」


「四体とも?」


「いや、一体のみネ。

下界から『強戦者』を連れてきて、完全体強戦竜を創り終えれば、晴れて終末は始まるんじゃないカナ?

他の三体はもう創ってあるしネ」


「『強戦者』……俺のつがいじゃないか。益々見過ごせないな。

だがそうなると、明日の降臨では四体全部揃わないし、決着は無理ってことになるんじゃ……」


「いや、ならないヨ。完全体強戦竜は、下界で誕生するネ」


「そんなに技術が発達してるのか⁉ じゃあ、本当に……」


「期限は本日中ネ! 本日中に下界への降臨を阻止し、タナトスの計画を止めなくちゃならないワ」


「…………」


 事態は一向に好転しない。待っているだけで、受け取るだけで、世界はよくなっていくことはないんだ。

生きていること。それはただそれだけで、勝手に時間が過ぎ去っていくことと同義。

この感覚は万物、何にでも適用できるだろうが、やはり『神様』はその感覚がより鋭敏であるように思う。

どうしても、人知を超えた量の時間を捌く必要が出てくる『神様』。その障害は大きな足枷へと成り果てる。

一つ一つ、思いを馳せる前に目の前から消えていって、零れていって、それでもその時を過ごしたという記憶だけは間違いなく歴史となる。


 生きること自体に、別段権利は要らない。何かしなければ、殺されてしまうことはない。

それでも、何かすることに、誰かと関わることに意味があるとすれば、それは膨大で果てしない時間を能動的に過ごす方が、何倍もの価値が生まれるからなのだろう。

それを惜しげもなく無駄にしてきたのが、俺達『神様』だったって訳だ。いや、『神様』と括るのは失礼かもな。

間違っていたのは、『オリュンポス十二神』。もっと言えば、俺。

世界を『支配』していると、勘違いを起こしていた恥ずかしい奴だけだ。


「何黙っているノ? 何か顔にでも付いてるカナ?」


「……いや、別に。ただ」


「ただ?」


「なんでそんなに丁寧に教えてるのかなって」


「あぁ……」


「だって、おかしいだろ⁉ 自分達に何の利益もないじゃないか。それなのに」


「簡単だヨ」


「……?」


「これは言うなれば招待状。世界最期に相応しい『死活血戦』に参加してもらうためのネ」


「舐めた真似しやがって!」


「因みに、誰を使ったんすか? 他の『神種ルイナ』には」


「『探真者』とかだったんじゃないカナ。よく覚えていないワ、ごめんなさいネ」


「へぇ、そうなんすか。…………なぁ、ゼウス」


「なんだ、アポロン」


「オレっちに行かせてください。誰よりも速く……!」


「わかった、お前に先駆けを任せる」


「で、結局具体的な滅亡方法がわかんないままなんだが、どうするつもりだ?

部外者が聞いていいのかも知らないが」


「えぇ、大丈夫ヨ。…………と言っても、私もよく知らないというのがホントのところでネ」


「いやいや、わかんないのかよ!」


「すみませんネ。

総力戦になること、その中に完全体竜が四体いることが私の知っている唯一の情報だヨ」


「……ともかくだ。『死活血戦』まで、残された時間もあと僅からしい。

即刻動かなければならない。皆、準備はいいか?」


「おお! わかっていますよ、ゼウス」


「いや、お前はお留守番だ、ディオニュソス。非常時、頼りにしてるからな」


「…………はぁ~い」


「アポロンを先頭に、隊列を組んで進む。と、ここまではいいが、アスクレピオス。

タナトスの本拠地は一体どこに移ったんだ? 天空二階層からは、『死の救済マールム』の物が軒並み無くなっていたんだが……」


「あぁ、それならすぐ近くネ」


「どこだ」


「――地獄界ヨ」


「「「「「「「「「地獄界だって⁉」」」」」」」」」


 皆の声が重なるのとほぼ同時に、円卓から離れた場所から何者かの声が響いた。


「地獄なんてあるのか――ッ⁉⁉」


 ようやくお出ましか。随分とちんたらやっていたようだ。

ここに来て、もう、俺達の助っ人がその姿を見せた。

恐らくずっと何かをしていたのだろう。肩で息をしながら、俺のことを睨み付けてきている。

まぁ、無理もないか。あんな仕打ちをしてしまったのだからね。


「おはよう、ザビ。こんなに寝覚めが悪いとはこの至上神すら見抜けなかったよ」


「うるせぇ、ジジイ! 何の説明も無しにいきなり一人にしやがって!

腹いせに部屋ぶち壊してきたが、文句はねぇよなぁ!」


「ハハ、無論問題はない。でも、本当にすまなかったね。

何も言わずに飛び出してしまって……。全部、ザビの為だったんだ」


「すまないって思いがなんも伝わってこねぇ。それで謝ったつもりか?

……たぁだ! ジジイの予想に反して、俺が強過ぎた!

だから、こうして出てきてしまったことに悔しさしかなくて、そんなにスカした態度取ってんだろ? なぁ、老いぼれジジイ?」


「ジジイジジイ言うな、ガキンチョよ。青二才の方がカッコいいか?

俺にとっちゃどっちでもいい問題だが、悔しく思ってるって思いたいなら、そういう解釈でいい。

とりあえずお前に求めているのは、突破口だ」


「突破口、ってなんだ?」


「困難をぶっ飛ばす鍵みたいなものだ。強くなったんだろ?」


「言うまでもねぇ! ジジイの想定以上を叩き出し、あの牢獄から脱獄したんだからなぁ! アッハッハッハッハッハ!」


「楽しい奴っすね、ゼウス」


「全くだ」


「強いなら、手合わせ願いたいッ!」


「おう、任せとけ! ボッコボコにしてやるぜ!」


「イキのいい奴だ。面白いッ!」


「おいおい、止めてくれ。『今』がどういう状況か、わかってるのか、お前達?

ザビには、大事な役目がある。やるならその後で頼む」


「約束だかんな、大男!」


「お前こそ忘れるなよ、ザビ丸!」


「なんだそれ」


「さぁ、テキトーだ」


「意味わかんねぇ。アッハッハッハ!」


「ガッハッハッハッハ!」


 ザビも放置され続けていたことが、苦痛になっていたのだろう。

アレスと会話ができて心から楽しそうだ。ザビの笑顔は、見てるこちらにも幸せを振り撒く気がする。

確かにそれは良いことだが、殊『今』の円卓の間においては鳴りを潜めていてもらいたいものだ。

ちょっと乱暴しようか。また軽口なら、いつでも叩ける。

脳裏に魔法を浮かべ、対象をザビに。発動の想像イメージを働かせた次の瞬間には、ザビの口は少しも動かなくなっていた。


「はぁ、なんか締まらなくてすまない。魔法で黙らせておいた。

この『神議コロキウム』が終わるまで喋れないようにしておくよ。

さて、話を戻そう。タナトスがいるのは、地獄界なんだって?

落ち着いて考えても、意味がわからないな。あそこを統治しているのは、ハデスだったろうに」


「驚くのも無理はないヨ。まぁ、これもきっと知らないんだろうけどネ。

地獄界の玉座には、もう長らくハデスは座っていなくて、タナトスが我が物顔で腰かけているんだヨ」


「え、えぇ、はぁぁぁぁぁあああ? だって、まだたまに連絡取ることも」


「それはタナトスネ」


「この前地獄界に行った時、逢ったけど」


「それもタナトスネ」


「顔はどうすんの? あのゼウスと殆ど変わらない年の癖に、妙に老けてる顔はさ」


「顔は魔法で幾らでも偽ることができるネ」


「……まさか、地獄界にまでその魔の手が及んでいたとは」


「ますます、だね」


「どうするンだ、ゼウス」


「もう時間はないよ」


「言えてる言えてる」


「わかってる、行こう」


「全員か?」


「いや、それはそれで怖い。ディオニュソスと残ってくれる奴はいるか?」


「私、残ろうか?

私とディオニュソス、それにいつも引き籠ってるのを集めたら、『金の領域』は守れるんじゃない?」


「デメテル、恩に着るよ。他の階層はどうしよう――」


 ――こうして、次々に各自の今後の行動が決定されていった。

天界に残る側と地獄界に攻め入る側。割ける頭数も少なく、一柱一柱の尽力がものを言う戦いになることは誰が見ても自明であった。

一般『神様』への被害を最小限に食い止めるのは言わずもがな、直ぐに動ける『神様』も配置しておくことで、もし仮に地獄界組が失敗しても、下界降臨への対処を円滑に行えるようにしておかねばならないだろう。


 そして、大事な内訳は以下のようになった。


――天界組。作戦名『天盾スクート』。

ゼウス、デメテル、ヘファイストス、アフロディーテ、ヘスティア、ディオニュソスの計六柱が担当。


――地獄界組。作戦名『地獄鉾ランケア』。

アポロン、アレス、アルテミス、アテナ、ヘルメス、クロノス、ザビの計六柱と一人が担当。


 ゼウスは全体の指揮を執るため、天界に残り、他の面子で問題に対処する。

もう少し地獄界に向かう数を増やした方が良いのだが、今回の『神議コロキウム』に参加していない『神様』達は、どうにも天界から動いてくれそうになかった。


 仕方なくこの布陣を飲み込んだところで、ようやく長きに渡った『神議コロキウム』が閉幕した。


 アスクレピオスが入れられた隠し牢獄の前で、大きく手を振る二柱組。

その温かな送り出しに背を向け、向かうは宿敵タナトスの本拠地――地獄界。

『オリュンポス十二神』一行は休む暇もなく、新たな戦いに身を投じていくことになったのだ。


 ここから始まるは、新時代を求める者同士の戦争。

片やもう戦争や無差別な殺戮を行わないようにしてほしい、平和を願う者達。

片や、世界を滅亡へと誘わんとする、無を願う者達。

相容れない二つの思想がぶつかる『死活血戦』の時は、刻一刻と迫ってきていた。

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