3-46.血、干乾びても尚

※今回はまた、ザビ視点に戻っています。



 俺はスビドー王国の現状に、吐き気を催していた。

家屋群にを持ち堪えられているものはなく、軒並み倒壊の様相を呈していた。

また、時に走り、時に歩きながら眺める王国内には、一呼吸置く度に人の圧殺された様、その痕跡としての血溜まりがこれでもかと干乾びていた。

幾日にも跨った攻防の劣勢が、言葉より明確に伝わってきた。

これが一体のドラゴンによってなされた災害であると思うと、どうしようもない憤りを感じる。

人類がかのドラゴンのように暴れることはない。でも、仮に人類が同じだけの被害を齎そうとすれば、三日三晩働こうにも追いつかないだろう。

無尽蔵な体力を前提に、少なくともふた月半の年月を要するに違いない。

目の当たりにした甚大な爪痕に、俺達の部隊の進攻は早まっていった。




✕✕✕




 進んでも進んでも、変わらない風景が続いていた。

未だエラーやドラゴンの姿は見えない。でも、確かに何かと何かがぶつかる衝撃音だけは響いてきていた。

ここにいる。ここで生きている。ここで戦い続けている。

己の誇りと意志を胸に、世界を守り続けている。自分の力が例え敵わず、歯が立たずとも。

前方には、想像に難くない抗戦の中でさえも、生き残った建物群の姿があった。

あの背の高い建造物の森に、救出対象と標的ターゲットがいる。

 何かが建物の隙間から見え隠れしていた。

俺はその断片に絶対的な見覚えがあった。あれは間違いない。

何度も何度も渡り合った、顔も見飽きた存在。

数か月に一度現れては、『神様』の手駒として人類を仇なす。

一日前にも見た、宿敵たる最悪の権化、その姿だ。

 次第に音は近付いていた。次第に風圧が迫ってきていた。

そこには熱が漂っていた。そこには――エラーとドラゴンがいた。

俺達は口々に声を掛け、安否を問うた。

感情の昂ぶりが顔を皺くちゃにし、拳を握らせる。眼前で取り交わされる攻防の結果を確認することも忘れて――。

 先行して口火を切る、俺、イノーさん、へイリアさんの三人。この三人は恐らくエラーを誰よりも大切に思い、再会を心待ちにしていた筆頭だ。


「エラァァァァァァァァアアアア! 無事かぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」


「『勝ち』を見届けに来たぞ、エラー!

ワシ達に輝かしい勇姿を見せつけてくれぇぇぇぇぇえええ!」


「父さぁぁぁぁぁぁぁぁん! 勝っていますよねぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!」


 三者三様、俺達の言葉は二つの影に届いた。だが、同時にそれは空虚な意味を纏い、地の底へと沈んでいく。

戦況は残酷だった。希望は地面に投げつけられ、無様に押さえ付けられる。

エラーはドラゴンの下敷きとなり、その大きな体躯を出鱈目に振り回していた。

生死の果てる直前、最期の抵抗を見せる小型動物にでも見えるようだった。

惨状は何も王国だけの問題ではない。

エラーがここまでの被害を許してしまったのであれば、エラー本人はそれ以上の被害を受けていることは自明だった。

そして、最悪なことにエラーは他隊員の協力も受けぬままに、一人で戦い抜くことを選んでいた。

その選択が、その意志が全ての状況を狂わせていたのだ。

 俺達はエラーの救出をするため、ドラゴン欣然きんぜんと立つ場所へと距離を詰めていった。

その時、半分地面に埋まったエラーから、声が発せられた。


「駄目だ、コイツに近付くと――」


 エラーの忠告は少々の遅れを孕んでいた。

ドラゴンは射程圏内に入ったと言わんばかりに圧し潰していたエラーを踏み台に、俺達の元へと飛び掛かってきた。

一瞬の気圧されはあれど、所詮はドラゴンだ。昨日も戦った身の上、勝てない相手ではないだろう。

身は引かず、皆で突進する。ここにいる組織員達は、忠告を無視する選択をした。

ドラゴンは両腕と共に両翼を広げ、鋭利に尖った鉤爪で身体をバラバラにしてくるかと。が、次の瞬間には両翼の形状が変化し、倍以上の大きさに膨れ上がる。

そのまま振り下ろされた物体が一人の隊員に当たると、大量の血潮を撒き散らしながら、その姿を消してしまった。

地面には、ここに来るまでに幾度も見た、大きな大きな血溜まりができていた。


「何が起こった?」


 俺の言葉は誰の耳にも正常な理解を呼ばず、ただ数秒前の選択を後悔することに脳の容量は費やされた。

かく言う俺も余裕などある訳もなく、口を動かしながらも一歩後退することに全身の筋肉を使っていた。

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