3-45.時の計略
※今回も前回と同様、ロビ視点から展開されていきます。
ムネモシュネ様は暫くの間、奇声を発しながら頭を抱えていた。
私も触らぬ『神様』に祟りなしといった具合で、その様子をただ眺めていた。
突如、ムネモシュネ様は、足元に固定されていた目線を私の方へ向けた。
その二秒後、動き出した口に音が乗った。
「あの、その、えぇと…………。私は天界を追放された身の上です。
で、ですから、再度天界の地を踏むことはできないのです。
こればっかりは許しては頂けないでしょうか?」
絞り出した言葉は、震えが混じり、泣き出しそうな語調を纏っていた。
ムネモシュネ様の気持ちは痛いほどわかる。
自分の過ちで追われる身となった場所にもう一度行こうなど思える筈もなく、行くとなればそれなりの覚悟が必要になってくる。
私も殺そうとしたお兄様に関わっていく時、とても心が乱された経験がある。
自業自得ではあるが成り行きが成り行きだったため、仕方がなかった。
今回は、ムネモシュネ様の番なのだ。
ムネモシュネ様の心配の種は、私達の手筈によって全て摘み取られている。
まずはそこから伝えるべきだろう。
「ムネモシュネ様。貴方の懸念点である、天界の追放は今回に関しましては、なかったことにしてよいとの許可を得ています。ですから……」
「でも、
ムネモシュネ様はなかなか引いてくれないようだった。
でも、ムネモシュネ様のいた階層は、天空一階層『鉄の領域』の
「私の勅令は、『鉄の領域』より上空、天空第四階層――『銀の領域』の
何の考慮もいりません。ぜひお願いします!」
「私は、私は……。
「ムネモシュネ様、落ち着いてください!
何が問題なのですか? 私に話してみてはくれませんか?
何回か深呼吸でもしてみましょう!」
取り乱しは止まることを知らず、私にもどこか強まる語気があった。
でも、だからと言って恐怖が絶対的な支配につながる訳ではない。
混乱時には話が通じないことの方が多い。今も正にその状態だ。
私の言葉を受けて、目を閉じながら鼻を大きく膨らませ、口からその一団を一気に吐き出した。
何度か繰り返すと、何とか会話ができるくらいには落ち着いてきたようだ。
私はそのタイミングを見計らって、口を開く。
「そろそろ聞かせてください。
貴方がそうまでして私の依頼に懐疑的であるか、その実情、内情を聞かないことには、私にもどうすることもできません!」
「……申し訳ありません。貴方の任務については受けたい気持ちは山々なのです。
でも、実は……私とゼウスは、以前恋仲にあって」
「えぇ、そうなんですか!
私、全く知りませんでした。だから、もう一度逢うのが気まずいと」
「はい……。
彼とは円満だったと思っていたのですが、彼は元来の浮気性で」
「あぁ」
「知っていたつもりだったんです。でも、どこか期待していた。
私だけに振り向いてくれるんじゃないかって」
「期待、ですか……」
「はい。でも、ゼウスは他の女神や女性に気を惹かれ、そもそも妻神もいる手前、私に立場はなくなったと思っていたのです。
だから、彼の元にいたのに逃げ出してしまいました」
ムネモシュネ様から恋バナをしてもらえるとは思っていなかった。
でも、切実なる思いの丈は、嫌と言うほど伝わってきた。
そして、ここまで話を聞いて、私は心の中でニヤリとした。
私の背後にいるのは番となっている神、クロノス様。
クロノス様は天界で生を謳歌してかなりの時間が経っている。
曲がりなりにも、天界の『神様』関係を私より詳しく知っているのだ。
期せずして、彼から聞いた話の焼き回しを、『今』この場でも聞くこととなった。
それはクロノス様にも予想できていたことだった。
――ムネモシュネ様からはきっと良い返事を貰えないだろう。
でも、
私はクロノス様から
決死の思いを絞り出し、息切れ気味のムネモシュネ様の肩を叩く。
俯きがちだった視線が、再度私を捉え直す。
受け取った目線を飲み込んで、持ってきた書面を胸元からごそごそと取り出した。
「これは何でしょうか?」
「いいから開けてみて下さい」
ムネモシュネ様は、私が手渡した書面をゆっくり開くと、あらんかぎりに双眸を抉じ開けた。
✕✕✕
私は、天界の使者に連れられて、『今』天空へとやって来ていた。
手元には、彼女から貰った書面があった。
あの時と同じようにゆっくりと開き、その内容を確認する。そこにはこう書かれていた。
――やぁ、久しぶり。私はクロノスだ。
これを読んでいるということは、きっとロビからの提案にごねたようだね。
まぁ、当然とも言えるだろう。君はゼウスから逃げたと
こんな煩わしい言い方をするのは、勿論訳がある。
ゼウスは君のことを愛していた。
ヘラという正妻がいながら、君にまで手を伸ばしていた。
ゼウスの正妻、ヘラの悪癖は知っているよね。そう、彼女は嫉妬深く、浮気相手には容赦をしない。
だから、君にまで危害を加えると思ったのだろう。
彼は敢えて君が逃げるように企てた。
ここまで聞いて、君はどうしたい?
答えはもうわかっている筈だ。
直接がいい。『答え』を知りたいのであれば。
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