2-21.二人目は

 視界に映るのは、一面の砂世界。

太陽は容赦なく肌を焼き、余裕のない喉をひりつかせる。

ムネモシュネは、

中央デュクスに呼び出され、もうこの世界にはいられないと思ったのになぜか生かされている。


――お前は何も悪くないのだよ。

悪いのは死を司る神、タナトスが指揮する人類の滅亡を渇望する集団――『死の救済マールム』。

お前は、あいつらの計画に巻き込まれただけなんだ。

だが、勝手に地上に降臨することは規定ルール違反。

だから、例外的な処置として記憶を司る女神、ムネモシュネにはその命を奪わずとも天界から追放するという罰の執行が決定したということだ。

今回ばかりは本当に…………すまなかった。


 巷で噂となっている『死の救済マールム』。

なんでも、『一千年』に一度しか現れないドラゴンを世界各地に大量に出現させているという。

七千年、ずっと守られてきた秩序が、今破壊され始めている。

私はもうには必要なくなったと、あの『神様』――タナトスは言っていた。

つまりはつがいの役割が終わったということ。

も晴れて自由になれるはずだったのに、彼らに狙われているのだ。

でも、きっと大丈夫。私が先手を打ったから、オズのことは救えただろう。

彼らの目的は、世界の希望となりうる『幻の十一柱目』に力を付けさせず、弱いうちに殺すことだ。

そうすれば、世界は滅びゆくことになる。

彼らがオズのところに着いた時、きっと驚くに違いない。

そこでは、彼らが根回しに根回しを重ねてようやく実行した計画が、一人の女神の規定ルール違反によってひっくり返されている光景があるのだから。

中央デュクスは私に何を求めているのか。

普通なら天界から追放をされれば、『神様』の地位は剥奪される。

そんな罰を受ける『神様』は、『神様』の世界で生きることを許されなくなった面汚しでしかない訳であり、当然の結果とも言える。

でも、私にはまだ『魔法』の類は使えずとも、『神様』の権能は残されている。

まぁ、あれこれ言っていても、私のやることは天界にいる時から変わることはない。


――私の不遜によって、オズを巻き込んだのだから。

その罪は彼の一生を見届けることで、いや支えることで償おう。


 兎にも角にも、何も分からないようでは困ってしまう。

千里先まで見える目で確認した、世界の中心にそびえ立つ『我世』の、ひいては下界の象徴――『世界の黄金郷メディウス・ロクス』へと歩みを進めよう。

私は使命を全うするため、まずは王都を目指すことにした。




✕✕✕




 お互いに軽く自己紹介をして別れ、迎えたエラーとの修行一日目。

場所は、北東のゲート付近から歩いて直ぐにある草原地帯で行うこととなった。

俺が北東の郊外で寝泊まりをしていることを告げた時、ならそっちまで行ってやるとエラーがありがたい提案をしてくれたのだ。

俺はこの厚意に報いるためにも、疲れが中々取れない寝床ではあるが休めるだけしっかり休んで、何とか体力を回復してきた。

曲がりなりにも『我世』の第二部隊長様から直々に指導を受けられるのだ。

それ相応の準備をするのは礼儀だろう。

そうそう昨日は帰ってもアナの姿は見当たらなかった。

まぁ、あれだけのことがあって顔突き合わせて寝るのはどうかしているとしか言わざるを得ない。

修行が終わったらアナが行きそうなとこ、探しに行くんだ。なんせ時間はだからな。


「おう、朝早くからすまんな、ザビ!

俺は基本的に忙しくて、平日は朝と夜、それぞれ二時間しか取れないのさ」


 あー、だが、休日は緊急出動がない限りは一日使えるがな!と続けて豪快に笑うエラー。

 と言っても、休日は七日中にたったの一日しかないため、その修行がいかに困難なものなのかが分かる。

でも、俺のためにエラーが時間を作ってくれていると思うと、多少朝起きる時間が早くなっても、夜寝る時間が遅くなっても仕方ないと飲み込むことができた。

少ない時間だからこそ、有意義に使わなければ!


「忙しい中、俺の手助けをしてくれてるってのは理解してるぜ。

ありがとよ、エラー!

記念すべき第一回は、何をするんだ?」


「そう言ってもらえると助かるぜ。

そんで、まぁ今日やることは、実力を見るためにも俺との組手だ!」


「ほぉ、なるほどな!

いいぜ、強くなった俺の力見せつけてやんよ!」


「言ってろ、たわけ!

じゃあ、お互い二歩分くれーの距離取って、早速見極めを始めてやろうじゃねーの!」


 二人の間には独特の空気感が流れ出す。

お互い自分の優位性を示すように、誇張した構えを見せ、相手を威嚇していた。

その双眸は獣と相対した、さながら狩人のような眼光を宿している。

呼吸の音だけがやけに耳にこびり付いてきた。

時間が間合いが変わる瞬間を待ち侘びている。


「うおおぉぉぉぉぉぉらああぁぁぁぁぁあ‼」


 先に均衡を崩したのは、俺の方だった。眦を決し、地面を抉って前方へ駆けていく。

俺には時間がない。俺にはオズとの修行の成果もある。

俺には、エラーに勝てるだけの実力が眠っているはずなんだ。

前傾姿勢の俺は左腕に力を溜めるそぶりを見せ、視線誘導を目論む。間合いはもうないも同然。

予備動作まで終わらせた左手を即座に引っ込め、右腕を繰り出そうとする。


「悪くはないが、まだまだだな!」


 エラーは白い歯をちらつかせながら、左腕を構えて右手が急所を捉えるのを守備ガードしてきた。


ってぇ!」


「ラッハッハ!

まだそんなものじゃないだろう‼

俺はまだまだ音なんか上げねーぜ?」


「くっっっそぉ!

俺だってまだまだだってのっ‼」


――一時間後。


 「おいおい、俺はまだ掠り傷の一つももらってないぜー?」


「ここまでは遊びだよ!

こっからが本番だっ‼」


 汗の気配を微塵も感じさせないエラーに対して、ダラダラと大粒の汗を垂らし、半開きの口が閉じることのできない俺。

実力の差は一目瞭然だった。

思うように動かない身体に鞭を打って、エラーに向かっていく。


――開始から一時間三十分が経過。


 遂に、俺の身体は動かなくなってしまった。

地面をじっと見つめたまま、己の未熟さを痛感させられる。

動け。動けよ、俺の足。腕。手。指。

何もかも言うことを聞いてくれない。


「俺には分かったぜ、ザビ。

お前には、まず基本的な体力面での不足が否めない!

だから、明日からはそっから手を付けさせてもらうぞ!」


 とうとう言い渡されてしまった引導。認めたくはないが、現状が全てを物語っている。

俺は何も答えず、ただ小さく首を縦に振ることしかできなかった。

 俺は己の実力不足を存分に味わわされ、挙句の果てに最も基礎的なところを今一度見直すことが求められてしまった。

だが、それを甘んじて受け入れることだけが、今の自分にできること。

そう言い聞かせて、明日の基礎体力向上のための訓練カリキュラムに臨むことにするのだった。

試験当日まで、残り三十日。

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