4-17.不穏と不穏はひかれ合う

※今回も前回と同様、エク視点から展開されていきます。



 ヤバい。マズい。どうしよう。

まさか僕の後を付けてきている人がいるとは、考えもしなかった。

皆、自由な時間を与えられているのだし、僕も思い出にふけろうと、敢えて誰にも言わず休憩所から飛び出たというのに。

 でも、起こってしまったことには対処せざるを得ない。

何が正解かはこの焦燥し切った頭では判断できなかったが、とにかく言葉をつなげて皆のいるところへ帰ってもらわなくては――。


「あぁ、リーネアか。こんなところに何しに来たんだ?

早く皆の元へ帰った方がいいんじゃないか? なぁ、そう思うだろ?」


 我ながら無理があり過ぎることは重々承知している。

それでも、何か言わなければ、即刻首根っこを掴まれて、晒し首にされる可能性だって捨て切れないのだ。

さぁ、どんどん言葉で責め立てて、最終的に記憶を消去してしまえばいい。


 ――ちなみに言うと、身体に触れることさえできれば、この勝負は僕の『勝ち』になる。

ずっと前に身に付けた魔法で、記憶の消去を可能とする能力をもっているからだ。

発動もとい成功条件は三秒間対象に触れ、心の中で詠唱をすること。

対象に触れるのは、服の上からではなく、直の肌に触れる必要があるのが厄介なところだ。

恐らくだが一番の有効手段は、きっと握手だ。

抵抗されようが『強筋ブースト』を使って、離れなくすれば問題はなくなる。


 ……やってやるさ。僕にならできる。

少しずつ距離を詰めながら、相手に思考する暇を与えないよう、こちらも口を動かすことを止めなかった。

 でも、一つの見落としが全ての牙城を総崩れにする力をもっていた。

そのことに気付いた時には、もう遅かった。

成りも振りも構っていられなかった。だから、確認があまりできていなかったのだ。

ようやく相手の様子を見られるようになった時、僕は気が付いた。――リーネアが全く微動だにしていなかったことに。

汗一つ掻かない冷淡極まった顔は、もはや不気味に感じた。恐怖を覚えた。

こちらの声は次第に虚しく萎んでいく。何をしていいのか分からなくなってくる。

これはなんだ。何かの魔法か? ……いずれにせよ、そんな素振り見せたことなどなかった。

これまで隠してきたのなら、どうして隠す必要があったのか。


 『我世』は僕の居場所になった。

王都もといニグレオス王国は僕の世界になった。

一人の英雄が統治する、最強の国家へと成ったのだ。

それなのに、その僕に、その礎を築いた僕に、楯突こうなんて思っているんじゃないだろうか。

なんだよ、その顔は。言いたいことがあるなら言えよ。

沈黙は金か? 笑わせるな。

金を持っていいのは、上に立つ人間だけだ。

リーネア、お前は話さないのではなく、話す口をもっていないだけだ。

話す権利のない存在だと、自分から自己紹介をしているに過ぎない。過ぎない。過ぎない過ぎない……。


「過ぎないんだからな!」


「だから、何だって言うんですか」


「なにッ!」


 初めての反抗的な言動だった。本格的に苛立ってきた。

僕を誰だと思っている。僕の前に立つのは、僕より下の人間だけ。

僕はこの世界でただ一人、圧倒的な英雄なのだから。

それなのに、なぜだ。僕を理解していながら、そんな態度を取れる訳が――あぁ、そうか。最初から僕に忠誠なんてなかったんだ。

そうだ、そうに決まっている。

 ――リーネア、お前には期待していた。でも、残念だ。

お前の人生はたった『今』終わりを告げた――。


「おい、リーネア。さっきからなんだ、その目は。

僕に何か言いたいことがあるんだったら言ってみろよ‼

あるんだろ、たんまりと! でも、言わない。言えない。

だったら、ここで――」


「ありますよ! オレは、オレは――」


「きっとさっきのことを言ってくるんだろ? お父様を殺したのが僕だって」


「いいえ」


「じゃあ、何を」


「総統」


「あん?」


「教えてください、総統、いや――エク・ラスター・シセルさん!

僕を導いた女性、ルビー・ラスター・シセルについて」


「な、なぜ『今』その名前が出てくるんだ?」


 予想外の名前に、開いた口は塞がらなかった。

この名前はもう、我が一族の汚点として封印された筈だった。

知っていたとしても口にする者はいないし、一般人が完璧に名前を呼べるなんて考えられることではなかった。

しかも、一番わからないのは、リーネアがその名前を知っていて、僕に直接聞きに来ていることだ。

理解の及ばない現状に、僕は大きく首を捻るのだった。

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