4-18.反転反転反転Ⅲ

※今回も前回と同様、エク視点から展開されていきます。



 温度差で風邪でも引きそうだった。

僕が優位に立っている筈なのに、なぜか表情筋の崩れない目の前のリーネア。

それどころか寧ろ口角を上げ、笑っているようにさえ見える。

 まさかリーネアからルビー・ラスター・シセルの名前が出るとは思わなかった。

これはさっきの発言を受けてのことなのか、或いは元々これを聞くために僕を追ってきていたのか。

どちらにせよ、気色が悪いことに変わりはない。

どうしてこうなった。どうしてそう思った。

どうしてこんなに冷や汗が止まらないんだ。

安定しない気持ちで『答え』を待つ僕に、リーネアは淡々と事の経緯を説明してくる。


「この名前、ですか。この名前は、オレの恩人なんです。

彼女に逢ったから、オレは『天才』になれたんです!」


「おい、『答え』になってないぞ。

何が言いたい? なぜその名前を知っているんだ?」


「はぁ……」


「おい! 流石に僕のこと敬ってなさすぎじゃないか?

僕は英雄だぞ? この世界における、最強の生物だぞ?」


「はぁ。何を言ってるんで……あー、もう面倒くさいな」


「はぁ⁉」


「うるっさいな! ……よ!」


「は、はぁ……はぁぁぁぁぁぁぁぁああああ⁉」


 『今』聞こえたことに間違いはない筈だ。

もう一度思い出せ。脳内で再生しろ。

リーネアは『今』、何と言った?


――うるっさいな! 我が息子よ!


 ……こう言わなかったか。

ちょっと待て、ちょっと待て。何が起こっている。

これはどういうことなのだろう。状況が曲がり過ぎている。

あまりに予想外が重なり過ぎて、どういうことだか、脳が処理を拒んでいるように思う。

 何がどうなれば、そんな嘘を吐くんだ。

嘘だろ? 嘘じゃないのか。

本当だったら、愈々わからなくなる。


――お母様がリーネアの身体を乗っ取っていたとでも言うのだろうか。


 そんなの、簡単に信じられる訳がないだろう。


「まぁ、そう驚かれるのも無理はないか~。

こんな身なりで帰ってくる母親なんていないものね」


「いや、それは、そう……だけどさ」


「あー何、リーネアの人格が何だったんだって言いたいの?」


 察しが良すぎて、今度は別の方向の恐怖を抱く。

でも、それも知りたいことの一つだ。

無言のまま、僕は首を縦に振った。

その様子を見て、お母様は楽し気に笑ってみせる。

 不思議な感覚だった。これは、懐かしいという感情か。

もう随分と前になる。こうして面と向かって話す機会があったのは。

『今』よりもっと言葉を知らず、拙い会話だっただろう。

それでも、記憶には、過去の情景の一つには、しっかり記されているようだった。


「……まぁ、その『答え』は至って普通のことだよ。

アタシ達一族に許された特権、『神種ルイナ』による宿主の変更を行っただけだからね」


 おっとなんだその情報は……。僕は知らない。聞いたことがない。

僕は生まれながらにして最強だった。気付いた時には、魔法が使えた。

特権ってなんだ。美味しいのか。

神種ルイナ』という言葉さえ、初めて聞いた。

誰も教えてくれなかった。皆は知っていたのだろうか。

あれ、あの時、光に包まれた時って――。


「ハハ、気付いたようね。

そう、この男は一般人。つまりは、アタシはもう長くない。

一般人の身体と『神種ルイナ』の細胞は絶望的に噛み合わないからね。

どこかで衝突が起こり、やがて干物のように朽ち果てて死んでいく。

そういう運命が、絶望が決まっているんだよ」


 僕の気付きはじゃない。でも、リーネアの見せるしたり顔があまりにも堂々としていて、別の話題に行くにも億劫になる。

丸め込まれたとでも言おうか。もう、ここまで来たら乗るしかない。

話は分からないが、真実を見通すと、こんな感じで返せば遜色なさそうだ。

理解よりも利害を優先しよう。


「いや、でも。そんなこと、極めた『神種ルイナ』ならわかったことじゃないか!

なんでその男を、リーネア・レクタを選んだんだ?」


 その問いかけには少しの間が空いた。

普通だったら、さっと言えば済む話。要するに、話し難い内容であることが予測される。

惚れた腫れただったらどうしてくれようか。

そもそもこの人はお父様を裏切る不貞によって、この一族から排斥された。

ここでも同じことが言われたら、もう救いようがない。


「誰もいなかったから、この男を選ぶしかなかった。

自我もなく、情けないような男で、アタシがちょっかいを掛けたら、直ぐに釣れたから」


 なるほど、そう言うことか……となる心境でもない。

……が、言葉を解釈すると、自業自得とはいえ、こうするより他になかったということだろうか。

 まだまだ気になることは山積みだ。

休み時間を全部つぎ込んで聞いてやろう。

もしかしたら、誰かの陰謀が働いている可能性もあるからな。

僕は、小さく息を吐いた。

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