3-26.強者には、都合の良い世界だった

※今回は、エク視点から展開されていきます。



 ――僕はつくづく運がいい。

何一つ苦労せずにここまでやって来た。いや、

環境を思うように支配できたんだ。皆、バカだったおかげで。


「おいおい、まだ全然探し足りないよ! ……僕のカモドラゴン!」


 今日もまた、汗水流した先に願いはなかった。少し手を伸ばした先にあった。

悲観などしていない。寧ろ喜んでいる。

このゴミ共を倒せば、人々からの賞賛と喝采を受け、僕は輝けるのだから。

僕は宣誓の時と同じように通達を流す。今度は『極擽懲花ウーヌム』だけにだ。

 商品が道のあちこちに散らばる、商業特権区域コンメル、第三通り。服飾の数々は血で汚れ、もう売り物の顔をしていない。


「よくもこんなにしてくれたものだ。僕の大事な大事な、人気の蓄積を!

おい、お前達、準備はできているか?」


「「「「はッ!」」」」


「よろしい。ならば、『ウル』は残っている住民を安全な場所に避難させるんだ!

『ヌラ』は他に敵がいないか、確認しておけ!

あと『ムース』は、僕の派手な活躍のための足場となれ!

わかったら、突っ立ってないで動き出せ!」


「「「「はッ‼」」」」


 全く、優秀な駒を集めると、物分かりが良くて助かる。

僕は僕に集中できる。敵は見えているのだ。怖いものなんかない。

あの、バカなザビももうこの世にはいない。いない、いない……。おっと、気が逸れてしまった。

さて、仕事にんきとりといこう。今回は『ムース』、君達に懸かっている。


「無駄な魔法力は使いたくない!

『ムース』、ドラゴンの目を使えなくしろ!」


「「「「了解!」」」」


 彼らには僕特製の砂爆弾を支給してある。

並の組織員ならかなりの弾数がいるかもしれないが、殊成績優秀者コイツらは違う。

五発も投げるころには、ドラゴンは両目を瞑り、屈辱のあまり小さく火を噴いていた。

 僕は王都の地を疾駆する。何の障害物もない通りのド真ん中をぶっちぎっていく。

ドラゴンがその長い尻尾を振り回し、更に被害を拡大させた。

瓦礫と化した店の破片をこちらに飛ばしてくる。そんなもの時間稼ぎにもなりやしない。


「チッ、沙羅臭い! とっとと永眠しろ、ドラゴン風情が!

――『強筋ブースト』」


 僕の身体は一段階速度を上げた。一気に遅く見える破片群をいともたやすく避けていく。

そのままの勢いでドラゴンの間合いに入った。

栗色の目が見開かれる。驚いたってもう遅い。泣き喚いても、謝罪してこようとも関係ない。

僕はお前を抹殺する。これは僕の選んだ道なんだ。


 ――僕は、お母様に読んでもらった、あの物語が忘れられなかった。

それは、一人の勇者の冒険譚、その勇者はのちに英雄と呼ばれ、人々に深く深く親しまれることとなったのだ。

 僕は、その軌跡を強く欲した。

まだ五歳や六歳だった時の記憶だ。それなのに、これほどまでに鮮明に、脳裏に焼き付いている。

だから、子どもながらにその軌跡の辿り方を探った。英雄になるための道を模索し始めたのだ。

本に入り浸る毎日が、僕の当たり前になった。

本には権力の必要性、人々に信用されること、すなわち人気を勝ち取ることの重要性が書かれていた。

僕は、一国の王子。それも第一位に位置し、その権力や人気が優先される地位にあった。

その日、王様を踏み台にすることを決めた。

 僕には生まれた時から力があった。大人達には隠していたが、光の弓矢を撃つことができたのだ。

初めて撃ったのは、一人で手遊びをしていた時。何が起こったのか、理解するのにかなりの時間がかかった。

それでも、僕は力をもっている。そう確信して、笑いが止まらなかったのを覚えている。これは使える、と。

 物心がつく頃になると、王になるための訓練カリキュラムが始まった。

僕はそれを死ぬほど嫌った。神経を擦り減らしながら、体力もゴッソリもっていかれる。

こんなことをしなければ、王様にはなれないのか。僕は悩みに悩むこととなった。

そんな時、アイツの姿を見た。年の近い弟、ザビだ。

アイツは第二王子。僕に万が一のことが起こらない限り、王様にはなれない存在。

なのに。なぜか僕より一生懸命だった。

その様子が怖かった。何かを企んでいるのではないか。

僕を殺して、王様の地位を奪うのではないか。

不安は日に日に増大していった。

そして、思い付いた。――全部アイツに押し付けて、僕が横から掠め取ればいい。

次の日には、咳き込みだした僕。計画は順調に進み始めた。

 事件はいつも必然の上で起こる。

ザビは分かりやすい男で、直ぐにその心性を掴むことができた。

だから、できる限りの自然な殺し方は早い段階で決まり、それから時が満ちるのを待った。

訓練カリキュラムをしたくないのであれば、ザビの訓練カリキュラムが終わるのを待つしかない。

大体が済んだところでアイツを殺し、その時点で僕がその地位に立ち替わる。

 その上で重要なのは僕の演技だ。

医者を欺き、欺き、欺き続けて、良い頃合いに徐々に直っていく過程を演出する。

おかげで演技の本も読み漁ることとなった。

でも、変な肉体鍛錬などせずとも、僕は夢を実現できる可能性が出てきた。

僕にはこっちの方が性に合っていた。

 そして、あの日、『禁忌の砦』で事件は起きた。全てが完璧だった。

ザビだけが死に、僕は生還できた。

力の存在に気付いてから、何となく一人の時に使っていたが、それが功を奏したのだ。

そして、その時にはわかっていた。僕は、見た力をそのまま使うことができる、であることを。

 英雄になるための条件は、僕の自己紹介だった。選んだ道は、僕を証明していた。

何の努力もいらない。この世界はバカばかりで構成された、僕に都合の良いものだった。


 僕は『強筋ブースト』で加速した態勢のままで、ドラゴンに肉弾戦を仕掛けた。

あまりの速度に、ドラゴンは一歩身を引こうとしている。そうはさせるか。

左を止めて、回り込み、今度は右に重心を――。そう思ったのも束の間、重心を掛けた右半身に向かってドラゴンは口から業火を吐き出す。

その瞬間まで、そんな溜めは見せていなかった。

僕の頭には、一つの仮説が立っていた。まさか、この竜――。


「複製体探真竜⁉」


 ドラゴンには、僕達と同じような魔法の力が宿っている。

複製体となっているのは、完全体がいるからだ。

ただ、その完全体は『一千年』に一度しか現れないとされており、普段僕達が対峙するのはこの複製体のドラゴンだけ。

そして、この『探真竜』というのは、すなわちイノーと同じ、『探真者』の魔法を使うことができるドラゴンなのだ。

 さっきから行動が読まれている気がしていたが、『探真竜』であるならば説明がつく。

厄介なドラゴンを送ってきたもんだ。僕は額に滲んだ汗を拭いた。

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