3-9.目には目を、光線には光線を

 やり方のわからない魔法は使わない方がいい。これは今、現在進行形で学んでいる格言だ。

この膨大な魔力量を捌こうにも、少しでも手を抜いたら身体が消し飛んでしまう。

力を入れ続けていても結局壁を押しているような感覚が続いて、際限なく体力、魔法力ともに消耗してしまう。

オズが使った時を思い出すんだ。

オズは自身の身体の消滅と引き換えに、ケルーの身体の損壊を招いた。

だが、オズの身体は全て無に帰ったにも関わらず、ケルーはそうならずに済んでいた。

つまり、身体の破壊は必須条件ではないということが推測できる。

何か裏の道がある筈なんだ。

そうでなければ、この魔法はあまりにも不完全。

と、ここで仲間達から幾つかの提案がなされていく。


「ザビっちぃ! その場からちょっと前進してみたらどう?

その場に留まっているからこそ、力が動いてくれないんじゃないのぉ?」


「な、なるほど! ……って無理だよ!

足を動かせる余裕なんざ一秒たりともねぇ」


「そっかぁ! じゃあ、別のやり方考えないとだねぇ!」


「『そっかぁ!』じゃねぇんだよ!

俺は死にかけてんだからしっかりしてくれ!」


 アナは本気なのか嘘なのか、どちらとも言えないような微妙な提案を言ってきた。

これでは、現状を打開することはできない。


「ザ、ザビさん。僕です、ハスタです。

今、互角の力で競り合っているのであれば、ザビさんの力をもう一段階上昇させてはどうでしょうか?」


「もう一段階上昇っつったって、もうこれが限界だぜ?」


「いえ、ザビさんにはできます!

先ほど、信じられない速度で地面から飛び上がりましたよね?

あれが『強筋ブースト』であるならば、きっとそこに鍵はある筈です」


 あの時は、確か――ロビの拳の射程から外れるために、

これは、どういうことなのだろうか。

腕や腰は一旦度外視にして、手だけに力を注ぎ込んだ。

ということは、力を分散させるのではなく、一点に集中させていた、ということだろうか。


「ハスタ、お前お手柄かもしれねぇぜ?

あの時、俺は地面に触れていた手だけに力を込めていた。今回もおんなじことだ!

一極集中で手に力を集めてみる!

うぅうぉぉぉぉぉぉぉおおおおお‼」


 地面に両足を固定するために使っていた力、安定させるために中腰を保っていた力、そしてオズやムネモシュネさんの思いをのせた力、それら全てを右手に結集させていく。

両足の固定力が弱くなったことで、じりじりと身体が後退していくのを感じる。

中腰を保たなくなったことで、魔法の威力に圧倒され、上半身が反り返りだす。

わかっていた。そこにある障害の強大さは。

凄まじい気迫に意識まで刈り取られそうになる。

だが、俺は決して一人では戦っていない。オズにムネモシュネさん。彼らの思いは一入ひとしおだ。

全部全部が混じり合い、赤と黒の禍々しい覇気オーラを纏っていく右拳。

二倍、三倍と規格外の大きさにまで巨大化していった。

 やがて、ケルーの魔法力は底を尽きた。反動で後方の木々にぶつかる。

その頃には、俺の右拳は人一人分の大きさにまで育っていた。


「覚悟しとけや、ドクソ外道のケルーさんよ!

これは、これまでお前の犯してきた罪の重さだ!」


 俺の煽りに恐れをなしたケルーは森の中へと逃げ込んでいく。どこまでもしょうもない奴だ。

俺は助走をつけ、力一杯地面を蹴った。

一気に遠くなる地面に、こちらを確認しながら走るケルーの姿を発見する。

大きく身体を捻り、右腕を限界まで引いた。

狙いを一点に集中させる。

でなきゃ、他の受験生を巻き込んでしまう。


「今度は一人で散る番だぜ、ケルー!」


 振りかざした右拳。最前線に躍り出た拳面から、極太の光線が放射される。

多少の木々を巻き込みながら、その槍はケルーを追尾する。

ケルーは地面に浮き出た木の根っこに足を引っかけ、頭から地面に直撃した。

すぐさま体勢を立て直し、後ろを振り返る。

手を伸ばせば届く距離まで肉薄した光線。そこでケルーは、動くのを止めた。

地面に手をつき、そのまま仰向けに寝転がる。

諦観にも似た表情を浮かべたケルーは、そのまま赤黒い光の中に呑まれていった。

その様子を見届けた俺は、真っ逆さまに地面へと落ちていった。

 その時、本日二度目の鐘が森林中に響き渡った。担当試験官の叫び声が至る所から聞こえてくる。


「皆さん、不測の事態が発生したため、この試験はこれにて強制終了となります!

大変な安全面での不備、誠に申し訳ありませんでした!」


 時間的にはまだ中盤といったところだが、ケルーの降臨によって試験は終了となってしまったようだ。

そう言えば、リーネアはどうなったのだろう。

試験前に誓い合った『約束』。また果たせなかった。

鉛のように重くなった腕を地面に叩き付ける。

もうアイツのことだから、十個の爪を集め切っているかもしれない。

対して、俺の手に握られた爪の数は――八個だった。

一人転がる剥き出しの地面の上で、傷だらけの額に腕を乗せた。

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