4-100.三つ首、かけて

※今回も前回と同様、クロノス視点から展開されていきます。



 私の考案した戦略は、失敗さえ加味した攻略法だった。

生きて帰れるのかと聞かれた時、即答できなかったのは他でもない。元より死んでもいいと考えていたからだ。

何度かは苦痛に悶えながら死んでいくことになるかもしれない。それでも、その記憶は私だけがもつことにした方がいい。

全てを背負ってしまえば、他の面々が被害を受けることはないのだから。

合理的で、できるだけ早く帰るには最適な解だった。


 今回、ヘルメスの協力を仰いだのは、この攻略法の成功確率をできる限り高くしたいという思惑からだった。

私は、初めからそんなに難しく考えようとはしなかった。でも、どこか確信に近い何かがあるように思えた。


 ケルベロスとの一度目の交戦時、その出で立ちをよく観察していた。

一挙手一投足を見逃さないようにと、背筋を伸ばして穴が空くほど眺めていた。

すると、脳内に話しかけてくるタイミングで、一つの疑問が生まれ、魔法を言い放った瞬間に理解した。


――ケルベロスの三つ首には秘密がある、と。


 最初に話してきた時も、二回目に話してきた時も、決まって三つの口が動きを見せていた。微かながら感じ取った運動を、私が見逃す訳がなかった。

魔法を、いや、会話を試みるときには決まって口を使う必要があるのではないか。もしそうであれば、首から先を斬ってしまえばいい。

 私は護身用に短剣を持ち歩いているが、恐らくそれでは不十分な規格だろうからと、ヘルメスの丁度良い大きさの鎌を貸してもらうことにした。

本神は使われることを拒んでいたが、まぁ、無理やりにでも使わせてもらおう。


 鎌が成功確率を高めるのは間違いない。と言っても、ヘルメスの真価が発揮されるのはそこではなかった。

ヘルメスの権能は『幸万者』。端的に言うと、幸福に関する魔法を行使することができる権能だ。


 こちらの脳内まで侵入してきた時、ケルベロスの口は三つとも動いていた。

きっと一つの口だけを動かせばよいものを、紛らわしくするために三つとも動かしているのだろう。

やり方が姑息ではあるが、仮にそれしか攻撃手段をもっていないとしたら、隠したくなる気持ちも大いにわかる。

要するに、三択の中から一つの正解を導き出す必要がある。正直、そこまで確率は低くない。

だが、喰らえば即死級の大技を封じ込めるには、もっと確率が高くても良いだろう。

そこで、ヘルメスの魔法によって飛躍的に運気を上昇させ、一発で当たりを引き当てられるようにしようと考えた次第だった。

……とまぁ、ここまでが第一段階ファーストステップにおける手順となっている。


 次からが私達の腕の見せ所とでもいう箇所――最終段階ファイナルステップだ。

この作戦、皆で戦うことが『目的』ではない。大事なのはその後。よって、私とヘルメスは他の奴らを先に行かせる立ち回りが求められる。

ここで立ち止まっていては、タナトスを止めることは叶わなくなってしまうし、もう時間は残されていないのだ。

もしかしたらケルベロスには、更なる奥の手が存在する可能性もある。

そうなれば、今度こそ魔法の使用制限もかかり、何の対抗もできず散っていくことになるだろう。

止めるどころの騒ぎでなくなるのは、絶対に避けなければならない事態だ。


 遂に、ここまで辿り着いた。あの勝負が決した、五メートルの距離。

ケルベロスの第一声を聞かないままに、ヘルメスが私の肩に手を置いてきた。ヘルメスの手はお菓子でギトギトだが、説教は後回しにしよう。

連鎖するように、私も脳内で渾身の魔法を炸裂させた。


――『管時ガヴェイン』!


 世界の時を止め、私だけが動けるようにする魔法。ヘルメスのもつ鎌を奪い取り、私はケルベロスへと肉薄していく。


――四メートル。右、左、真ん中。どこを斬るべきだ?


――三メートル。三つとも口は動かしていた。


――二メートル。三つ一気に斬れるほどの図体でもないな。


――一メートル。よし、右だ。右を斬ろう!


――零メートル。死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!


 振り被った薙ぎ払いが、狙い通りの首を引き裂いていく。驚くほどの斬れ味で、こちらとて驚愕の表情を浮かべてしまった。

直に動き出す時間の流れ、これで止まってくれることを切に願いながら、力のままに地面へと吸い込まれていった。

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