4-101.望みのかたちⅡ

※今回も前回と同様、クロノス視点から展開されていきます。

※これは十月十日の更新分となります。

待っていてくれた方、本当に申し訳ございませんでした!!!!!!!!



 打ち付けられる身体と共に、動き始める万物達。

重力に従って真下に落ちていくケルベロスの頭からは、まだ温かい生血が溢れている。

広範囲に渡って撒き散らされる朱殷が花火のように弾け、大きな血溜まりを形成していた。

引き延ばされた時の中では、誰の悲鳴も聞こえない。

仲間達の反応を見られる体勢でもなく、『今』はただ祈るしかなかった。『冥世レストレイン』を止められていることを。


「――貸せ、僕のだぞッ!」


 その時、誰よりも速く届いたのはヘルメスの声だった。

この、目の前で起こった首狩りではなく、自分の武器が勝手に使われていることに目を付けるとは。

やっぱりヤバい奴であると踏んだ私の目は正しかった。

 まぁ、これに関してはもう私が使うこともない。

二つの魔法を連続して発動させ、首を一つ落とすに至った瞬間――この隙が全ての突破口の鍵であり、戦略の成功失敗に関わらず、全員が全員動き出さねばならないとなっていた。

私も私で、求められたことをしよう。手に握り締めていた鎌をもう一度後ろに引くと、真っ直ぐヘルメスの方へ放り投げた。

このくらい、あのヤバい奴なら取れるだろう。

そう呑気に考えていた最中、予想を遥かに凌駕する緊急事態が発生した。


『――よくもやってくれたな。『オリュンポス十二神』! 我は戦いを望んでいないというのに!

終わりにしよう、――『唾菫モンクス=フット』』


 違う魔法だと⁉ 認識もいいところに、ケルベロスの口元から何やら緑色の煙が放出され始めた。

その緑色は、かなりの速度で視界を覆っていく。これはつまり、ケルベロスには奥の手があったということだろう。

一周目の邂逅では、『冥世レストレイン』を見せてきた。であるならば、今回も『冥世レストレイン』を使筈だ。

それなのに、別の手をわざわざ選んできた。


 一つ、一周目の記憶は、私にしか残されていない。二つ、基本的に歴史は同じ道を辿ろうとする。

三つ、意図して違う選択をするとは考え難い。

と、ここまでの事実を踏まえてみて、やはり私の推測は正しかった可能性が依然高くなってきた。

仮定の証明、描き出された奥行きの深淵。これは、早急な対抗策が必須であろう。

だがそうは言っても、脳だけで考えている暇はない。

 まず、立て。立って距離をおかないと。

どんな魔法かもわからない現状だ。至近距離で喰らって、私が死んでしまったら。

そんな状況下でまだ他の面々が先に進めていなかったら――――。


 マズい、マズい、マズい、マズい。

ほら、早く立て。立って。立つんだ。…………あれ。立てない。

足に力を入れろ。手で身体を支えろ。

ほら、ほら、早く早く早く早く早く早く早く早く。

おい、待ってくれ。こんなの聞いてない。


――受け身が失敗したせいで、飛び込んだ半身が自由に動けなくなっているなんて!


 これじゃ魔法をもろに喰らってしまう。

辛うじて鎌を投げられたのはいいが、もうこれ以上は――――ッ!


『グワァァァァァァァァァァァァァアアアア‼』


 さっきとは打って変わったケルベロスの声。

まさかこれは、痛みに悶える悲鳴なのか。さっきまでなかったのは何故……。

あぁ、これはもしや――ヘルメスがったのか?


 限りなく地面に近付いた私の顔の前を横切る、見覚えのある影。

大きさ、形、溢れる液体。間違いない。ケルベロスの頭だ。

視界の端にはヘルメスの足元が映っていた。


 これで二つの頭を刈り取ったことになる。

もし仮に『冥世レストレイン』を行使できる首を、一回目の首切りで無きものにできていたとして、残っていた首がもう一つの魔法を行使してきていたとする。

残された選択肢は二つだけ。

勿論、私の仮説が正しいという前提があってこそではあるが、ヘルメスがそのもう一つの首を落とせていたら。

私達の勝利は、もうこの手の中にあると言えるかもしれない。


 辺り一面を塗り尽くした緑煙の膨張。

巻き込まれゆく私を置いて、ヘルメスは飛び退いた。きっと自分が飲み込まれないようにするためであろう。

それは英断だ。私はもう動けそうにない。

何度試しても、何度立ち上がることを試みても、もう少しも身体は言うことを聞かないのだ。

私を抱えて後退する余裕など、緑煙は許してくれなかった。

だが、私は信じている。ヘルメスがやり遂げることを。

だって、彼は――幸福の神なのだから。

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