4-99.不自由上等な散歩
※今回は、クロノス視点から展開されていきます。
※これは十月八日の更新分となります。
待っていてくれた方、本当に申し訳ございませんでした!!!!!!!!
戦いに備え、気持ちを引き締めていた
二回、三回、四回、五回。こんな状況で話す気も起きない私は、何度突かれても返答してやることはなかった。
だが、そんな私をつまらなく思ったのか、その輩――幸福の神ヘルメスは脇腹に思いっきり拳をめり込ませてきた。
ギロリと睨んだ私の双眸を涼しく受け流したかと思えば、口元を両手で抑えてクスクスと笑う仕草を見せる。
最早怒る気持ちより呆れる気持ちの方が強くなった。そんなに話したいとは、どんな強心臓の持ち主なのか。
「おい、ヘルメスよ。お前、お菓子なんて持ってくのか? 子供じゃあるまいし」
大してコイツに興味はない。
確かに、『オリュンポス十二神』、しかもゼウスのお気に入りとして長年活躍してきた功績は知っているが、別にそれを理由にお近づきになりたいなどという感情は生まれ得ない。
私が乙女の心でももっているのなら、そんな感情を抱くこともあったかもしれないが。
「え、いやぁ。何かお腹空いちゃいましてね。
頭も使うだろうし、折角だからって……わかるでしょ、クロロン!」
いや、なんでいきなりあだ名で話してくるんだ。一回もそんな感じで絡んだことないだろう。
どこまで馴れ馴れしくしてくれば気が済むのか。
こんな風に距離詰められたら、私達の仲が旧来からのものだって勘違いしたくなる。……いや、ならないか。
とにかく、コイツと関わっていても、ベタベタ触られた上で、投げ捨てられるのがオチだろう。
消費されるだけの女神を腐るほど見てきた私が言うのだから、間違いない。
「は? 何いきなりあだ名で呼んでんだ? 共感求められても、わからないね。
頭使うから甘い物って、どんな単純思考だよ」
「あぁー! 『今』この天下のヘルメスをバカにしただろ!
僕は誰に対してもあだ名で呼んでんの! クロロンだけにやってることじゃないから、勘違いすんなよ?
それと、糖分摂取しながら、幸福感も得られるって最高でしょ!
単純思考って一言で切り捨てる方がよっぽど単純思考なんじゃない?」
はいはいはい……ヤバい奴だね。間違いなく。
最初から様子はおかしかったが、もう確定した。何よりも――――ってなんだ、この違和感は。
もうここまでの会話に聞き覚えしかない。
この件は
だから、次に展開される掛け合いも勿論わかっている。
私の返答に対し、ヘルメスは『チェッ! 失礼しちまうぜ、全くよ!』と悪態を吐いてくる筈だ。
さて、検証と行こうか。
「おうおうおうおう、これはヤバい奴に噛み付いちゃったようだな。
まぁ、落ち着けよ。別に悪いとは言ってない。
ただ気になっただけさ。バカにしたように聞こえてしまったなら、謝るよ。すまないね、ヘルメス」
「チェッ! 失礼しちまうぜ、全くよ! それにな……」
ほら、やっぱりそうだ。これで疑惑も確定的なものとなった。
この現象が意味するところ、それは――私の魔法『
時間は巻き戻り、新たな歴史を刻んでいる。この魔法、一見便利そうに見えるが、万能ではない。
まず前提に、時間は三十分を一つの単位として扱う。
三十分を一分でも越えれば、それは二単位分を消費したことになる。
そして、気になる一日に使える単位数は、驚異の五つだ。
つまり、本気を出せば、一日二時間半の時間遡行を可能とする。
これは別に力を制限している訳でもなく、嘘偽りのない真実なる限界だ。
なぜ、こんなにも不自由であるかの明確な理由はわかっていない。だが、世界の
頻繁に時間を過去へ未来へと行ったり来たりできてしまえば、そこら中に矛盾が生じ、時空に、空間に歪みが生まれてしまうかもしれない。
単位数に限りがなく、更には時間さえも無限であるとするならば、最初からこの世界をなかったことにすらできてしまう。それは流石に容認できない。
ここまでの歴史は、確かに間違いも多かった。それでも、全部全部が間違っていたなんて思わないでほしい。
根源的で、潜在的で、普遍的な神話が、『今』なおこの世界を固定している。この世界を、この世界たらしめている。
それさえも否定してしまうのなら、もう何の基盤も存在しない。無の世界が広がることになる。
それは、果たして意味を成すのか。
過去は確実に記憶され、未来永劫語り継がれる筈であったのに、それを全て取っ払って無視してしまうのか。
それは違う。そんなことをしたら、『今』を必死で生きる者達は何を糧に生きればいいんだ。
無下にしていいものじゃない、大事にし続けねばならない。
だから、こうして時間を操れると言っても、その魔法の振れ幅は抑えられているように見えるのだ。
さて、長くなってしまったが、本題に戻そう。
『今』の時間軸は、繰り返された、新たな時間軸と予測できる。
あの時、そう、私達がケルベロスの『
一度魔法の術中に嵌まってしまえば、もう逃れられない。
視覚も聴覚も失われた領域の中、孤独に死んでいくしかなくなる。
あんな悪夢はもう懲り懲りだ。二度、同じ轍を踏む訳にはいかない。
早急に皆に伝え、対策を立てなければならない。何かいい案は……あれを使ってみたらどうだろうか。
うん、やってみる価値はあるだろう。未だに突っかかってくるヘルメスを押しやって、重々しく口を開いた。
「ヘルメス、後にしてくれ、大事な話があるんだ。
皆にも関係している。一瞬、私に耳を貸してくれ」
「いきなりなんすか、クロノス。ヘルメスが面倒くさいという意見は受け付けないっすからね」
「わかっている。私までバカにするな。
『今』向かっている地獄界。そこに待ち侘びている困難を、私は知っている」
「へぇ、それは興味深い。聞かせてよ」
「あぁ、勿論いいとも。そのつもりでこの重々しい口を開いた。
で、実際の内容だが……私達は一度、全員が地獄の番犬ケルベロスに殺された。一瞬の内に、まっさらにだ」
「何だと⁉」
「まぁ、戦ったことがある奴は誰もいなかっただろうし、ほぼ初見殺しだ。
これに関しちゃ、正直防ぎようがなかった。
私も命からがら、言ってみるだけみて成功したってくらいには危機に陥っていた」
「何か対策のようなものは?」
「私に策がある。ケルベロスのことは私に任せてくれないか?」
「頼もしいが、いいんすか? そんなに危険な奴を相手取らせても」
「ハハ、私をバカにするなと何度言ったらわかる。安心してくれたまえよ。
でも、一つだけ力添えを願いたいんだが……」
「いいよ、言って言って」
「ヘルメスを借りてもいいか?」
「はぁ、いいけどヘルメスは生きて帰れるんすか?」
「そのつもりだ」
「なんか勝手に進んでるけど、大丈夫なのかよ、クロロン」
「お前が私のことをあだ名で呼ぶくらいには大丈夫だ」
「へぇ、なら問題ないね」
「……だな」
ヘルメスを有効活用して勝利を掴む。
確実にケルベロスの対抗手段として機能するかは、実際にやってみないことには正直わからない。
だが、試してみる価値があるからこそ、こんなに大見えを切ってやってやろうと決意を固めたのだ。
例え名目上の身分であれ、『オリュンポス十二神』としてその座を守り続けていた存在であるならば、下手な失敗は犯さないで問題を解決してくれるだろうという、謎の信頼感を覚えている。
この戦地に向かう道すがらですら、永遠にちょっかいを出してくるような奴だ。
肝も何もかも座り切っているだろう。
そんなことを胸中で思っていると、漸くケルベロスと思しき化け物が見えてきた。
――ほんの三十分前は世話になった。
もう苦汁を飲むのは、飽きてしまったよ。だから、ここで息の根を止めさせてもらう。
戦略の概要は既にもう、全員に伝えてある。
筋道通りに動くこと。それが『今』の私達に求められていることなのだ。
さぁ、始めよう。これは私達の
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