『我世』編Ⅲ〈急〉

3-39.『誤認』の祟り

 第二次王都竜討伐戦から一日後。

まだ完全には治っていない身体を擦りながら、俺は一つ、溜め息を吐いた。

戦いの喧騒を忘れさせるほどの静けさが辺りを覆っている。

風も吹かないこの状況が、どことなく不気味だった。


「目的地までは近いんだよな、イノーさん」


「あぁ、比較的時間もかからない。

ただ、あのエラーが追い詰められているというのだから、相手は相当強者なのだろう。

沢山の物資を必要とすることが予想される。だからこうして、こんなをしているのさ」


 ガタガタと揺れる馬車の中、俺達は死闘の続いているというスビドー王国に向かっていた。

周囲から隊員同士の会話もあまり聞こえず、皆の張り詰めた空気が伝わってくるようだった。

呼吸をするのも嫌になるような環境ではあるが、俺は口を開くのを止めなかった。この漂う緊張感を吹き飛ばすために。


「確か戦況も芳しくないんだったもんな……。

でも、エラーはドラゴンなんかに負けることはねぇ。

だって俺の、最強の師匠なんだから」


「…………」


 俺の希望的観測でしかない物言いに、会話が止まった。

どこか悲観が内包されているようで、『負け』を認めているようで、あまりに情けなく、そして失礼だったから。

誰も彼もが膝を折り、時には逃げる状況でも、屈せず立ち向かい、戦う姿勢を止めないのがエラーの真骨頂だ。

言い聞かせる言葉など、そんな生温かいものに縋りつく男じゃない。

瞬時に脳内で『誤認』の二文字が浮かんだ。


「すまん、やっぱ『今』のは違う。

エラーにゃ、アレコレ心配してやる必要はねぇんだ!

ぶちかます勇気を見届ける、それが俺達のこれからの仕事だな!」


「無論だ、ザビ少年。でも、凄いよな。

あれだけの熱意で初めて、部隊長を名乗ることができるのだとしたら、間違いなくワシは部隊長の名に恥じる存在だ。

ワシにはできないよ」


 イノーさんは十分部隊長としての務めを果たしているとは思う。

だが、イノーさんの尺度で見たエラーは、別格中の別格と言えるかもしれないのも事実。というのも、このスビドー王国での討伐に関して、エラーはこう言い続けているのだ。


――他隊員に頼ることなく、己一人の力で何とかしてみせる、と。


 過去、俺との修行では、その圧倒的な力をもってして、有無も言わせず捻じ伏せてきた。

だが、エラーが歳をとっており、身体も衰えてきているのは紛れもない真実だ。

思うように敵方のドラゴンを倒し切ることができず、苦戦を強いられている可能性もある。

 聞いたところによると、今回のドラゴンは通常の個体とは異なっているのだという。

何でもとか……。

言葉を聞いただけではいまいちピンとこないが、きっと会敵してみればわかることだろう。

 そんな厄介な敵との遭遇、そして交戦を経て、未だなかなか良い報告がなされないことに痺れを切らしたエクが、猛烈な反対を押し切って応援を送ることを決定した。これが今作戦の発端だ。


「……そうだよな。やっぱエラーは格好いい男だぜ!」


「あぁ、全くだ。格好いいと言えば、君もそうだろう、ザビ少年!

先の戦いは見事だったと、アナからは聞いている。

何でもベルウ達兄弟がザビ少年と共に過ごした日々を『捏造ファブリケイト』で創り出し、『回顧リコレクト』でその過去を見届けたのだというじゃないか! 素晴らしい応用だ」


「いや、そのことに関しちゃ、それしか思いつかなかったに限るよ。

何となくベルウの心を閉ざす闇が見えちまったんだ。

これもイノーさんの魔法のおかげかな」


「ノッホッホ。なら、とても嬉しいよ。大事な局面で君の助けになれた。

戦う前にワシは戦線を離脱してしまっていたからな」


「いやでも、イノーさんはへイリアさん達と共に、別の竜を討伐したと聞いたぜ?

イノーさんが指揮を執ったことが功を奏したって」


「いやいや、それは違うぞ、ザビ少年。ワシ達は皆で『勝ち』を捥ぎ取ったんだ。

誰一人欠けても、この成功を成しえなかった。そう確信をもって言える」


「……その反面、エクときたら」


「あぁ、エクはまたいつもの型ワンマンだったみたいだな。

どうにも好かない戦い方だことよ」


「全くその通りだ。

能力のある者を集めてあるんだから、各人の力を活かせる戦い方をした方がいいだろうに」


「まぁ、エクにそれを言っても仕方ないだろう。エクは良くも悪くも目立ちたがりだ。

……そう言えば、第一部隊には友達がいるんだよな。名前は確か」


「リーネアのことか?」


「おうおう、ソイツだ。第一部隊はどうだって」


「うん、色々疲れてた。

イノーさんの言う通りだったなら、王都での戦いでもきっとまた……」


 また沈黙が生まれそうになった。つくづく自分の未熟さを感じている気がする。

もっと言い方ってものがあるだろう。これでは、イノーさんも答えづらいじゃないか。

重苦しい空気が変わってしまう前に、次の話題でも――。


「ロビのことは聞かなかっ……」


「もう直に目的地だ。だから、大きな声を上げるな。

で、ロビという少女のことについては――何の情報も聞いていない。

あの混乱だ。全員が全員、何をしていたかなんて把握するのは無理だろう」


 イノーさんは懇切丁寧に、囁き声で教えてくれた。

会話を楽しみたいのも山々だが、気持ちを切り替えていかなくては。

こちらが望まずとも、もう作戦の開始はすぐそこまで迫ってきている。

俺の仕事は人と会話に興じることではなく、世界を救うことだ。


「すまん、また配慮が足りなかった。それもそうだな。

さて、エラーの『勝ち』を見届ける作戦を――っておい、まさか前方のあれが」


「あぁ、スビドー王国だ。酷い状況だな」


 近くから見なくても戦況は理解できた。

でも、予想の範囲内は遥かに超え、一気にこの気持ちが加速されていく。――エラー、生きているのか。

 当然ながら城壁は跡形もなく崩れ去り、王国外の土地にも幾つもの穴が空いていた。

きっとエラーが王国への被害を最小限に抑えるために、ドラゴンを誘き寄せ戦ったのだろう。

それでも、力及ばず破壊は続行された。

外縁部に属する村や町で無事が保たれているのは極僅かだった。

尋常ではない被害の現状に、『我世』組織員達は唸り出す。

特にその顔を歪ませていたのは、エクその人だった。

心中は計り知れないが、即刻当事者もとい、標的ターゲットを捕捉する必要がありそうだ。

だが。現実はそう甘くなく、ドラゴンの姿はおろか、エラーの姿も見当たらなかった。一体どこにいるというのだろうか。

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