3-38.テキトーで『バカ笑い』を続けた日々Ⅱ
――これは、もうずっとずっと前の、
どこからともなく楽しげな声が聞こえてくる。
ここは、赤黒い岩肌が剥き出しの地獄界。
空気はどことなく乾き、気温も地上の数倍高いように感じる。
辺りには、いつからあるかもわからない人骨が両手の指では足りないほど転がっていた。
遠くからは火山の噴火する音も響いてきている。
そんな地獄界の片隅で、俺は誰かを追いかけていた。前方を走る影は二つあった。
監視する大人は見当たらない。
俺と前を走る二人、そして小さな岩に腰掛けている謎の存在。計四人の子どもだけがそこにはいた。
ちょっとしたひらけた場所に、俺達だけの世界ができている。そんな気がした。
現実離れした、禍々しい風景とは似つかわしくない笑顔が、俺の顔には映っていた。
「おーい、兄ちゃん達! 待ってくれぇ!」
「いやいや、ザビ! オレ達には両方ともに名前があるんですよ?
いつも言っているでしょう、名前で呼べと」
「そうだったな、ベルウ兄ちゃん、ケルー兄ちゃん!」
「おい、ザビ! それもおかしくないっスか? 何か長いし、ややこしいっス!
オレ達は兄弟なんスよ。上も下も関係なく、名前で呼び合おうって決めたじゃないっスか」
「あぁ、確かにそうだった! アッハッハッハッハ」
「ギャッハッハッハ」
「ギャッハッハッハッハ」
「……スーもそう思いますよね?」
「うん、やっぱり姉としても名前で呼ばれた方が嬉しいかな。ねぇ、ザビ?」
「姉ちゃん、いやスーまで! わかったよ!」
「「ギャーッハッハッハッハ」」
「フッフッフッフッフ」
謎の存在は姉であり、名前はスーと言うらしい。
姉もいたなんて知らなかった。
でも、ノリも良さそうだし、楽しそうで何よりだ。
何はともあれ、皆して笑い合っていた。これぞ正しく『バカ笑い』だった。
ベルウにとっては、神生で初めての『バカ笑い』だった。『
ベルウの望んでいた光景が目の前にあって、でも、それが現実ではないことを知っている。ここに真実はない。
俺にできることはこれくらいだから。だからこそ、最後の最期まで、存分に楽しんでくれ――。
✕✕✕
月日が次第に流れていく。変わらない日々は、『バカ笑い』に溢れていた。
失敗も誰かが笑ってくれたなら、救われた気分になる。
幸福も誰かが笑ってくれたなら、もっと楽しくなってくる。
当たり前は当たり前じゃないから。それを人の何十倍も知っているから。だから、ベルウはこの光景に涙していた。
幾筋もの光が頬を伝って、雨を呼んだ。雨の日は、気分が落ち込んで、蹲りたくなることもある。
でもそれは、自分を気遣ってくれる存在がいないとき。
記憶の『今』は、いつだって俺が、ケルーが、そして姉の存在があった。
姉は俺達とは一歩離れたところで様子を見ていることが多かった。
仲良くじゃれ合う様子も、珍しくいがみ合う様子も、そこから仲直りする過程まで、残らず見つめ続けていた。
でも、きっと優しくて、いい人なんだというのは何となく理解できた。
✕✕✕
やがて俺達は、先ほどまで戦っていたのと変わらないくらいの年代へと突入していった。
多分、何百年もの時間の旅だったように感じる。
実際の年齢で言えば、俺はおかしなことになるが、ここはあくまで理想世界。夢の中では背伸びもしよう。
濃密で、笑いの絶えない毎日だった。何をするでもない、ありきたりな日常だった。
でもそこに、温もりがあって、喜びがあって、確かな幸せがあって――。ただそれだけで十分だった。
✕✕✕
ある日、俺達は地上と比べれば決して良いとは言えない景観の公園らしきところにやって来ていた。
今日は、お弁当を持ってきて、皆で食べるのだという。
外で何か語らいながら、飯を食べる。普通の家族の在り方がそこにあった。
「それにしても、朝のザビは笑えましたね」
「あぁ、確かに!
いっちばん遅くに起きてきたと思ったら、支度もせずに俺が一番乗りだ、とか言い出したんスもんね」
「びっくりだよ、ザビ。
それで冷静に『いや、オレが一番ですけど?』って、ベルウが返してたのもおかしかった!」
「それな! ほんとザビはバカだよな! ギャーッハッハッハッハッハ」
「そうですよね。ほんと、もうね。……ププッ…………ギャハっハッハッハ」
「おい、こら! お前達、いい加減にしろよ! もういいだろ、そんな朝のこと」
「あぁー、なんか偽りの一番乗りがなんか言ってるっスよ?
負け犬の遠吠えかな?」
「フフフ、フフ……あっ!」
その時、急に俺達に向けて風が吹いてきた。いきなりだったがために、姉は
間に合わなかった手は、空中を泳ぎ、そのまま静かに太腿に置かれた。
これが、ベルウ兄弟の姉?
そこには、なぜかイノーさんの顔によく似た人物がちょこんと座っていた。
どうしてこんなところにそっくりさんがいるのだろう。俺にはわからないことが残った。
そして、『
「もう時間がなくなってきたな。おい、ベルウ。
これで良かったかな、力になれたかな? お前は全てを語った訳じゃなかった。
だから、これくらいしか」
「いや、ザビさん。もう本当に、十分すぎるほどに『バカ笑い』ができました!
最期がこれで良かったです」
「いや、まだベルウは死なないんじゃ……」
「いや、オレのことは殺してください。もうこの世に未練はないんです。
心残りはザビさんを殺すことと、真の『バカ笑い』をすることでした。
ザビさんはオレの恩人です。だから、もう殺す気なんてさらさらなくなってしまいました。
そして、『バカ笑い』の方も、思う存分させて頂きました」
「本当にいいんだな?」
俺が念を押して、ベルウに問いかけた時、揺らぎ始めていた地獄界の景色に彩りが降ってくる。
それは火山の噴火だった。何の原理かは説明できないが、色とりどりの爆破が俺達を祝福するように連鎖して起こり始めた。
「まるで花火みたいだ」
「あぁ、これが
最後に向き合ったベルウと俺。
意味ありげに俺の方に人差し指を伸ばしてきた。
「ん、なんだ? まだ言い残したことが……」
「あ、えぇと、このタイミングで申し訳ないんですが……ザビさん、虫ついてます」
俺が慌てて指差された箇所に手を置くと、羽音と共に小さな虫が俺達の間を抜けて飛んでいった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
俺は意外と虫が苦手だ。急に出てこられたら、こんな声も出る。
その反応を見て、ベルウは堪え切れず、吹き出した。
「ギャーッハッハッハッハッハ! やっぱいい反応してくれますね」
「タイミング窺ってたとは、してやられたな」
「……もうふざけている時間もないみたいですね」
「あぁ、そうみたいだな。じゃ、また現実世界で」
「えぇ、また。ちゃんと殺してください」
俺は親指を突き立て、白い歯を見せた。
✕✕✕
ワシは一人、頭痛が収まるのを待っていた。
今回のは、酷かった。会敵と同時に、大きな波が一気に押し寄せてきた。
こんなに苦しめられた頭痛は生まれて初めてだったと思う。
でも、ようやくよくなってきた。そろそろ、動き出そう。
ザビ少年達は何とかなっただろうか。
恐らくワシができることは少なかっただろうし、彼ならうまくやってくれている筈だ。
彼を信じるのであれば、別の区画に行って応援するべきだ。
ワシは図らずも支援を得意とする魔法を会得している。
その時、ありがたい知らせがワシの脳内に木霊した。
――イノー、聞こえるか。僕はコンメルの
もし聞こえていたら、ルキウムの方に向かってくれ。返しは要らない。
僕は、他隊員、他地点の状況確認をする。報告は以上だ。
なるほど。では、ルキウムに向かうとするか。
ワシは速攻で決まった目的の地まで、足を急がせたのだった。
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