4-97.息を呑む、六つの朱殷

※今回は、アポロン視点から展開されていきます。

※これは十月六日の更新分となります。

待っていてくれた方、本当に申し訳ございませんでした!!!!!!

※十一月一日、大幅加筆を施しました。

ご確認のほど、よろしくお願いします。



 『オリュンポス十二神オレっち達』一行は最短で地獄界目的地まで辿り着く経路を、ただひたすらに前進していた。

天界を飛び出してから、もうすぐ三十分が経過する。予定では、そろそろ入場門が見えてきてもおかしくない時間にまで差し掛かっていた。


 こんな状況だ。誰も何も語らないまま作戦は進行されるのだろうと、開戦前から憂鬱な思いを抱えて準備をするオレっちがいた。

正直、オレっちは地獄界組のやる気を高められるほど、まともな精神状態ではなかった。

この一行の指揮者リーダーとしてあるまじき態度であることは、自分でもわかっている。

でも、どうしても自分を優先したいという切望を消すことができなかった。

神議コロキウム』の時こそ黙っていたが、どこか脳裏上では渦巻く感情が駆け巡っていた。

彼女とは正しく――イノー。『神種ルイナ』の力を以てして、オレっち達神々に単身挑んできた人間だ。

あの、誰かでなく、自分を貫き通す意志の強さ。仲間の為に幾らでも飛び込んでやろうとする自己犠牲の精神。彼女の双眸は、あの場にいる誰よりも輝いて見えた。


――こんな時に言うのもなんだが、きっとオレっちは彼女に恋をした。


 まんまと一目惚れしてしまった。

過去これまでにも多々類似した気持ちに見舞われたことがある。

その度に失敗し、何人、何柱に嫌われてきた。

これは、オレっちが抱えた呪いなんだと思っていた。

もう一生を背負っていくしかないんだと思っていた。

一柱好いて、十も二十も嫌われて、やっとの思いで夢中になった一柱を射止める。

でも、また何十年と経つと、また新たな異性に惹かれて、その背中を追いたくなる。

何度涙を流そうが、何度頬を叩かれようが、何度地面に膝から崩れ落ちようが、これが自分だと言い寄ってくる。

あぁ、結局は自分が悪いのだ。

あぁ、結局は逃げようとする。

あぁ、結局は甘えてしまう。

あぁ、本当にそれで…………いいのだろうか。

もう何回、異性の気持ちを裏切ったかわからない。

『今』から変わったって意味なんかないのかもしれない。

それでも、前に進まなくちゃ。

万物は、生物は、『神様』は、オレっちは、『今』を生きている。

何でもそうだ。全ては『今』がものを言う。

過去を最もよく表すのが『今』で、未来を最もよく表すのも『今』なんだ。

だったら、『今』を変えなくちゃならない。

だから、オレっちは決めたんだ。


――彼女を、イノーをオレっちの生涯の嫁にするって。


 こんなにも自分勝手な自分。考えに考え抜いて、これで最後にしたいと、これが最後がいいと。

そう、心の底から思えたから。

だから、『今』を勝手に生きさせてくれ。

たった一柱。足りない頭で弾き出した結論は、『今』のオレっちの、正真正銘の全部と言っていい。

それ以外を考えようにも苦しくて苦しくてしょうがない。

他の『神様』には、伝えられていないこの思い。

どうせ信じてもらえないとわかり切っている。

どの面下げて、そんなこと言ってんだって。

『オリュンポス十二神』に属する女神達は軒並みオレっちのこと嫌っているし、その余波は男神にも浸透しつつある。

一柱で決めた。男が決めた。誰も信じちゃくれない相場。

ならば、どうするか。

行動と、その結果で認めさせるしかないだろう。

そこまでガチガチに固まってしまえば、もうそれ以上の配慮などできる訳がなかった。

不安はずっと付き纏い続けた。

だが、そんな不安は初っ端の数歩目にして消え去っていった。


――おい、ヘルメスよ。お前、お菓子なんて持ってくのか? 子供じゃあるまいし。


――え、いやぁ。何かお腹空いちゃいましてね。

頭も使うだろうし、折角だからって……わかるでしょ、クロロン!


――は? 何いきなりあだ名で呼んでんだ? 共感求められても、わからないね。

頭使うから甘い物って、どんな単純思考だよ。


――あぁー! 『今』この天下のヘルメスをバカにしただろ!

僕は誰に対してもあだ名で呼んでんの! クロロンだけにやってることじゃないから、勘違いすんなよ?

それと、糖分摂取しながら、幸福感も得られるって最高でしょ!

単純思考って一言で切り捨てる方がよっぽど単純思考なんじゃない?


――おうおうおうおう、これはヤバい奴に噛み付いちゃったようだな。

まぁ、落ち着けよ。別に悪いとは言ってない。

ただ気になっただけさ。バカにしたように聞こえてしまったなら、謝るよ。すまないね、ヘルメス。


――チェッ! 失礼しちまうぜ、全くよ! それにな……


 これがもう、歩き始め何歩目かにして展開されたのだから、地獄界へと乗り込む不安なんて他の面子にとっては些細なことのように思えたのではないだろうか。

チグハグな会話であれど、そういう意味では、良い緊張緩和デトックスもたらしてくれたといえる。

『今』のオレっちにとっては、本当に救いの一手となった。

その後も暫く言い争う様子が見られながらも、そう時間の遅れもなく、目的地へと近付いていった。

そんなに関わりのない者同士でも、こうして好き勝手言い合える関係性でいてくれて良かった。

オレっちが安堵を噛み締めていた最中、遂にその入場門の全容が俺達の目に飛び込んできた。


「で、でけぇ……」


「天界に引けを取らない規模感だ。圧巻圧巻。

というか、お前、ほんと子供みたいだな。作戦始まってから、ずーっと思ってたけどよ」


「あん⁉ 何いきなり殴ってきてんだ、やるか? あん、僕ならいつでも相手になるぞ?」


「怖いって。何だよ、そんなに真正面から受け止めんなって。

仮にも私達はたった『今』から強大な悪と対峙せねばならないんだぞ? そんなごっこ遊びに付き合ってやる暇はない」


「なんだよ、冗談が通じないのか?

……まぁ、いいさ。わざわざ『今』を強調している以上、きっとこれが終われば遊んでくれるってことだよな?

なんか全然絡めてなかったのが悔しくなるくらい、おちょくってやりたくなってる」


「結局行き着く先はおちょくりたいのかよ! やりたいなら勝手にしな。

私の睡眠さえ邪魔しなけれ…………ってあれ……見えるか、皆」


 ゆっくりと焦点の合わさっていく物体に、身体中の全細胞に悪寒が走った。これは、何だ――?


「えーと、あれれ。あんなのいつもいるんすか?」


「いや、いなかったんじゃない?」


「いや。あれはいた」


「え」


「いたけど、変わってる」


「それってどういう」


「見たことがある気がする……あんなに大きくはなかったけど、確か」


「え、まさか。あれなんすか⁉」


「そう、きっとあれだよ!」


「三つの首に、犬、いや狼のような姿見」


「蛇の尾に、獅子のたてがみをもっている化け物」


「おいおい、さっきから何だってんだよ!

『神様』ってのは心底回りくどいな!」


「「「「「「は?」」」」」」


「あ! あぁ、い、いやぁ、どうぞどうぞ…………うわぁ」


「そう、その名も」


「――地獄の番犬ケルベロス!」


「こえぇって『神様』の方が」


 その体躯は優に二十メートルを超える、規格外中の規格外。紫の煙を吐き散らしながら、待ち侘びるその姿は悪魔そのものだった。

正しくこの世のものとは思えない、化け物が入場門の前に待ち構えていた。

荒廃した世界に光る六つの朱殷の瞳。血を想起させる、その赤に自然と呼吸の仕方を忘れていた。

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