2-30.己が信条を貫くまで

※今回は、ムネモシュネ視点から話が展開されていきます。



 どうやら、ここは南の世界らしい。

太陽が砂漠を焼き、反射で私を殺しにかかっている。

私、ムネモシュネはひたすら歩き続けていた。

目指すは、『世界の黄金郷メディウス・ロクス』。

そう決めた時から一睡もせず、一口も食べず、前だけを見て歩みを進めていたのだ。

幸い『神様』という権能は奪われずに済んだことから、そういった人間的営みの一切の排除をしたとしても生きていくことができた。

何の不自由もなく、こうして目的地を目指せているのは紛れもなく幸福だったと言えるだろう。

ただ一つ言及するのであれば、心だけは満たされなかった。

常に孤独が付き纏い、ふとした瞬間に空虚がカランと音を立てる。

その時は、苦しくて苦しくて仕方がなかった。

でも、ここでめげてはいけない、ここで諦めてはいけないことを、私は強く強く心に刻んでいた。

私の子供は――オズは、ずっと一人で耐え忍んできたのだから。

だから、私だって負けない。

孤独に、不安に、後悔に、自分に絶対に屈しない。

未だ千里眼でしか確認できない塔の先端を見据えながら、足跡の残らない旅路を急ぐのだった。




✕✕✕




 王都北東の郊外に轟く、己の強さを示すがごとき、鋭い雄叫び。

夜更け前から鍛錬トレーニング訓練カリキュラムを片付け始め、日の出と共に戦いの、いや組手の幕は上がるのだ。

拳は唸り、地面は抉られる。絶え間なく響く衝突音は、もはや朝の風物詩となっていた。

 俺は過度の負荷によってぶっ壊れた身体を一日半かけて修復し、また修行の日々に舞い戻っていっていた。

もうかれこれ五日ほどが経過し、徐々にこの生活にも慣れてきた気がする。

すっかり身体に筋肉が付き始め、男らしくなってきたんじゃないだろうか。

戦闘技術も見様見真似で実践していく中で、かなり身についてきている。でも――。


「おりゃあああああああああああ‼」


 どうしてもエラーには勝機を見出せないでいた。

今もこうして投げ飛ばされ、地面に頭部がめり込んでいる現状だ。


「すまねー、ザビ。

俺、手加減ってもんがまだできなくてよ」


 そう言いながら、手を差し出すエラー。

俺は黙ってその手を握り、それを軸としてめり込んだ頭を地面から引っこ抜いた。

くっそ、首が痛ぇ。


「おいおい、よしてくれ、エラー。

もう何回、この会話してんだよ。

手加減なんざ俺は望んじゃいねぇ!

正々堂々ぶつかって、俺がお前をボッコボコにしてやるんだって決めたんだ‼」


 幾度目かも忘れてしまったような問答を繰り返す俺達。

思えば最初からこんなことを言って、俺を雑魚扱いしていた。


「まーた、俺がお前のことを雑魚だと思ってるって顔してんな、ザビ。

そうじゃねーんだ、聞いてくれ」


「また始まったよ。はいはい、どうぞ」


「チッ! 気持ちよく話させてくれってんだ。

俺はお前のことをこれっぽっちも雑魚だなんて思っちゃいねーさ。

ただ俺が強すぎるから、お前には一生勝てねーで、泣くことになるのが辛くてよ」


「お前、本気で言ってんだったらマジで殴んぞ?

俺はお前を越える。

今日だって、惜しい時が何回もあったじゃねぇか!

あれだってお前は手加減してねぇんだろ?」


「手加減はしてねー。

だが、それ以上に俺がお前との組手で『惜しい』なんて感情をもったのは


「ハッ! 強がってんじゃねぇよ、エラー。

さっき『アッブネ』みたいな顔してたの覚えてっかんな!」


「言ってろ、戯け。

さ、もっかいやんぞ、準備しろ」


「ほら、図星だったからキレてんじゃねぇか!

もうオッサンも年だもんな」


 このくだりが始まると、いつも険悪な雰囲気になってしまう。

どっちもこれだけは引けないみたいで、このままの流れで組手が始まる。

そんで、一度ひとたび組手が開始されれば、もうその組手の入り何か、お互い忘れて全力で一本を取りに行くんだ。

だから、これでいいと。見ない振りをしていた。

ただ、その瞬間、『今』を生きる記憶に、輝く己を映し出すのだった。

試験当日まで、残り二十日。

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