4-20.絶望の誕生Ⅱ
※今回も前回と同様、エク視点から展開されていきます。
理解は進めど、未だわからないことも多い。
お母様は僕を追いかけてきて、自分のことを聞いてきた。
しかも、自分の身体ではなく、リーネアの身体を使って、だ。
別に自分の身体を捨てる必要なんてなかっただろうに、どうしてこんなにも回りくどいことをしてきたのか。
『今』までの行動には、どうしても不可解を感じてしまう。
「お母様は、なぜここに?
もう、ここには居場所は…………ご、ごめんッ!」
「いや、いいよ。事実だし、アタシが過ちを犯したのは」
「……でも、ずっと気になってたんだ。なんでそんなことしてしまったのかって。
やっぱり僕達のことを嫌っていた……とか? 僕やザビのこと、可愛がってたことなんか一度も記憶にないし、それにお父様とだって」
「うん……」
「うんってなんだ! うんって‼
もっと何かあるんじゃ」
「うーん。そうだな。もう何言ってもどうしようもないと思うよ。
だけど、これだけは言いたいな。――アタシは皆を愛していたんだ」
「は」
「うん。戸惑うのも、理解できないのも、とってもわかるんだ。
だって、実際、アタシが直接貴方達に触れることは
「…………」
駄目だ。話をすればするほど、どんどんお母様がわからなくなってくる。
触れることを許されていなかったって、一体どういうことなんだ。……わからない。
「アタシが、貴方達に、家族に優しくできなかったのには理由があるの――」
そこからお母様はぽつぽつと話し始めた。それは、長い長い話だった。
どこまでも深い闇が、何とも言えない感情を呼んだ。
×××
――それは、幼少期の記憶まで遡る。
お母様、ルビーは忌み子として、皆から排他される存在だった。
理由は、単純明快なもの。ルビーのもつ、たった一つの欠陥に起因するものだった。
それこそ、魔法。特異体質による、僅かな差異から
そう、ルビーは生まれて間もない時から、魔法を使うことができた。いや、正確に言うと、
そこに、ルビーの意志はなかった。
彼女の力、それは
その火は、生命の理を詠んだ。
司るのは、根源にある息吹の支配。即ち、ルビーには――寿命を操る力が備わっていたのだ。
これによって起こったことが前述された、排他、叱責の対象、その
どこに行っても、忌み嫌われ、蔑まれ、居場所がなかった。
誰にも認められない日々が続いた。
そうして、成人するまでの十数年は、地獄、絶望が日常だった。
それから、暫くが過ぎ、とある宴会の日に、彼と出逢った。
彼こそ、僕のお父様、フール・シセルその人だ。
シセル家は言わずと知れた名家、それも国家を動かす、主力貴族であった。
ルビーとは釣り合う筈がない。
初めから取り合う気はなかった。取り合う席なんかないと思った。
それなのに、フールは、ルビーに興味をもったのだ。君の力は素晴らしい、私のために生きてくれ、と。
何度も言い寄ってくるものだから、揶揄われているのかと思っていた。
事実、最初は揶揄っていたところもあったと思う。
でも、次第に、へらへらと緩んでいた口元が引き締まり、正式に好意を抱いているような姿勢に変わっていったのだ。
この変貌ぶりには正直驚かされた。人はここまで変われるのかと、目を疑いたくなった。
そして、迎えた結婚の日。
ルビーは、一人の男の手助けによって、人生を変える兆しを掴んだ――――
シセル家入りしたルビーに待っていたのは、これまでとは変わらない、いや、これまで以上の罵詈雑言、排他叱責の嵐であった。
ルビーに残された道は、自分を守るために必要だったのは、少しでも自分に寄り添ってくれる理解者だった。
その役には、フールがなる必要があった。それなのに、彼は常に仕事に追われていたのだ。
たまにつくられる逢う機会に、いい顔を見せるのがルビーの限界だった。
ルビーの心は、弱り切っていた。
擦り減って、擦り切れて、穴だらけだった。
そんなボロボロな心に垂らされた甘い蜜が、魅力に映らない訳がなかった。
だから溺れた。馬鹿になるほど、その快楽を求めた。
そして、行ってはいけない領域にまで足を踏み入れた。
でも、止まれなかった。止まらなかった。その堕落は
とっくに理性の留め具は壊れていたのだ。
息切れは突然にルビーを襲い、そして、気付けばルビーの席はどこにもなかったのだ。
最後の希望すら、ルビーの手からは零れ落ちた。
途方もなく、ただ一人の道を歩くしかなかった。
もうその頃には涙も枯れていて、何事もどうでもよくなっていた。
壊れたような笑みがよく似合う、量産型の女が誕生した瞬間だった。
×××
止まることなく一気に飛び出した、お母様の
何となくでも、理解はできた。
お母様も、一筋縄ではなかった。
僕やお父様と同じように、悩み足搔き苦しみ続けた、生きとし生ける万物の一つだった。
簡単な言葉など、この場では価値をもたない。
僕は静かに、お母様の次の言葉を待つしかなかった。
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