4-77.『裏切り者』と『神議』(その二)

※今回は前回後半と同様、ゼウス視点から展開されていきます。



 円卓の間に集いし、十柱の神々。大半を『オリュンポス十二神』が固める中、俺から見れば部外者的な立ち位置にいる存在が二柱も見受けられた。

一柱はクロノス、もう一柱はアスクレピオスだが、どうしてこの円卓を共に囲んでいるのだろう。

そんな疑問を知ってか知らずか、二柱は順番に口を開いていった。


「えぇと、こんな意味わからないところで横入りするのもおかしいですが、言わせてください。

ワタシはディオニュソスと共に『オリュンポス十二神』に加わらせていただきましたアスクレピオスにございます。

先輩方に見つめられ、大変恐縮ではありますが、以後お見知りおきを」


「立て続けに失礼しよう。アポロンの部屋で一週間一緒に過ごさせてもらっていた、中級に属する『神様』、時の神クロノスだ。

金の領域ここ』にいた以上、帰る訳にはいかなくなったらしい。まぁ、なんもしてないから早く帰してくれよ」


「なるほど。大変興味深い弁舌をありがとう。二柱がこの場にいる理由は理解できた。さてと……」


 二柱共、どことなく怪しさを見せているが、目下はアポロンの嫌疑を晴らしたい。

まず、基本情報をおさらいしよう。そこから順繰り詰めていく。

もし『裏切り者』がいるのなら、もう永遠に立ち直れなくさせてやるから、待っていろ――。


「まぁ、一旦落ち着こう。今日ばかりはこの十二個の玉座を自由に座っても良いこととする。好きなところに座り給え」


 ここまでずっと立ち続けていた、新たな『オリュンポス十二神』二柱とクロノスは、続け様に席に着いた。

これで全員が全員、対等な立場になった筈だ。一つ咳払いをしてから、円卓をなぞるように視線を運んでいく。

容疑はこの中の全員に掛けられているのだ。


 ……あぁ、そうそう。言い忘れていたが、ザビは未だ、俺の隠し部屋の中で待機してもらっている。

これは、『幻の十一柱目』としての責務を全うしてもらうのに必要な過程なのだ。

どうしてもこんな時間の浪費に突き合わせる訳にはいかなかった。


――何より言おう。ザビは確実に白と見ていい。


 何故ならば、俺がこの一週間みっちり監視していたからだ。

何をするにもどこへ行くにも、俺の許可を求めた。許可のない行動をした時には、罰を与えた。

滅多な行動を起こさなくなっても、俺の目は緩まなかった。

世界を牛耳る至上神の包囲を掻い潜り、場を搔き乱す行為はできやしないだろう。


「さっきはさらっと流したが、アスクレピオス。

お前は誰の穴を埋めるために、『オリュンポス十二神』の仲間入りをしたんだ?」


 純粋な疑問だった。

ヘラと入れ替わるかたちで入ってきたディオニュソスには、自分も前回の『神議コロキウム』に参加していた分、理解もできる。ただ今回の場合はどうだろう。俺の予想では――。


「あぁ、ポセイドンです。一週間前に裏切ったようなので、代わりにワタシが……だ、駄目、でしたか?」


 あぁ、予想通り過ぎて最早笑えてくる。

駄目ではないが、そんなに当然とばかりに豪語することがあるだろうか。

頭の中には一つの疑問が浮かんできている。

これに答えられたのなら、もしかするともしかするかもしれない。


「あ、いやぁ。別に欠員が出たのなら、やはりそれ相応の補充があって然るべきだとは思うが……」


「ですよね! さっすがゼウ」


「でも」


「はい?」


「欠員が出てから補充まで、明らかに早くないか?

まだ一週間しか経っていない。しかも、そうやって正式な加入を認める『神議コロキウム』は、こうして『今』になって開催されているというのに」


「あー、えっと、それは……アポロンに認めてもらったんです。

新たに『オリュンポス十二神』の仲間と認めてやるって……ほら!」


 そう言って、胸元から取り出した『盟約書カルタ』には、しっかりと『神の血リキタ』によって、アポロンの名が刻み込まれていた。

その印字を見て、サーッと青褪めていくアポロンの顔。何かを言いたげに口をわなわなと震わせている。

心当たりがあると見える。ここまでの状況証拠を鑑みると、どことなくアポロンを疑いたくなってしまう衝動に駆られるが、とにかく本神の口から聞かなくてはわからないだろう。

アポロンの切れ長な瞳を、音もなく皆で射殺していく。


「オレっちは知らないっすよ……?

なんでそんな『盟約書カルタ』が存在するんだろう? わからないな」


「嘘を吐かないでくださいよ、『裏切り者』の癖に!

貴方が白状すれば、全部終わるんじゃないですか?」


「本当なら、もう終わりにしてやってくれ。私はもう家に帰りたいんだ」


 追従したのは、部外者二柱組。何かの意図か、示し合わせか。

『今』となっては、誰も彼もを疑いたくなってしまう。

駄目だ駄目だ。これでは、場が混乱する。


「どうなンだ、アポロンよッ!」


「部外者二柱、アタリ強くない?」


「言えてる言えてる」


 ヤバいんじゃないか。かなり場が荒れ始めた。本当に嫌な予想ばかりが的中する。

もし仮にだ。もし仮に、アポロンが『裏切り者』だとしたら、何が『目的』なのだろう。

これまで一緒にやって来た仲間。ポセイドンがつないでくれた絆が、俺達にはあった筈だった。

そのポセイドンの裏切りを受け、ここにいたくないとそう思ったのか。

俺が一柱だけの脳で、不安を発展させ続けてもキリがない。

何でもいい。見せかけでもいい。

たった一言。この場を収めることを言わなければ――。


「皆、ちょっと深呼吸しよ? ね?」


「ヘルメス、お前……」


「良いってことよ、ゼーちゃん!」


 この一週間は、俺も殆ど動かなかった。だから、ヘルメスも珍しく、この『金の領域』に留まっていたようだ。


――幸運の神ヘルメス。俺の良き理解者かつ協力者として、よく働いてくれている存在だ。


 今回もなかなかに有り難い助け船だった。皆して深呼吸を重ね、胸に手を当てる。

まだ泥沼は始まったばかりだ。ゆっくり確実に、『裏切り者』の有無を知っていけばいい。


「――さぁ、皆の者! 脳に酸素は回ったか?

準備ができたら始めよう、真の『神議コロキウム』を!」


 俺の掛け声を皮切りに、混沌を孕んだ心理戦が再び幕を開けた。

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