4-47.ロビ・ウーン・ブランとお兄様(前編)

※今回は、ロビ視点から展開されていきます。



 私はエクお兄様が大嫌いだ。

ここに来るのを一週間渋るくらいには、その思いは一入ひとしおだった。

ここに来たのは、いや、来られたのは、偏にザビお兄様の存在があったからだ。

 私の笑顔の大半は、お兄様に引き出してもらったと言っても過言ではない。

誰も愛してくれなかったからこそ、私には太陽と錯覚させられるほどに、お兄様が輝いて見えていた。


 再会の時は最悪で、敵同士、殺し合いをしなければならない状態で対面した。

私はお兄様の正体を知っていたから、殺す気で臨めはしたけれど、やっぱり気が引けるのは避けられなかった。

もし仮に、お兄様を殺せなかったら……。

そう思うと、もう居ても立ってもいられなくなる心が平常を乱し、私の内なる発作的興奮ヒステリックを増幅させるようだった。

結果的には、私すらも切るタナトスの策略によってめられ、殺しそびれることになってしまったけど。


 そうして訪れた面と向かっての、本当の意味での再会。

正体がバレ、もう逃げも隠れもできなくなった私を見て、お兄様はただ抱き締めてくれた。

全てが許されていいなんて思わない。殺すつもりで拳を向けたのは、間違いのないことだったから。

私はまた、お兄様に救われることになった。


 受け入れてもらったならば、隣にいていい権利が貰えたのなら、今度こそ私がお兄様を守ってあげたい。

不当に利益を踏み躙られ、思いを穢されることのないようにしたい。

沸々と湧き上がる決意の波が、私の『我世』入隊を後押しした。

最後には、奮い立った決意が凝り固まった矜持を塗り替えた。

エクお兄様が率いていることを知っていながら、私は『我世』に入隊することを決めたのだ。


 ここに来てしまった以上、いつかは関わることがあるかもしれないと思った。

それでも、私を私だとは思ってほしくない。

ただでさえ、この名前は世に知られ過ぎている。

 どうしたものかと思案した結果、偽名を使うことに決めた。

ここでの私の名前は『ロビ・ウーン・ブラン』。ロビを変えなかったのは、お兄様に心置きなく名前で呼んでもらうためだ。

ロビ自体はそれほど珍しい名前でもないから大丈夫だろうという判断だった。


 今日はなぜか『覚醒啓示』、つまりは『神様』の伝言として、エクお兄様のことが触れられた。

これまでには一切なかった事例だった。これが何を意味しているのか、理解したくない自分がいる。

『神様』のことだ。きっとロクでもないことを考えているに違いない。

それは、『我世ここ』にいる『神種ルイナ』達より遥かに深く付き合いをもっている私だからこそ、強く確信できることだった。


 エクお兄様の戦いは、『世界の黄金郷メディウス・ロクス』を少し離れたところで展開されているようだった。

激しい爆発音が地面を一瞬、大きく揺らした。相手は爆弾でも使ってくるのだろうか。

 お兄様はまだ動いていない。対峙したタナトスと、何事かを図り合っている。そんな具合だ。


 すると突然、離れていた筈のエクお兄様が、こちらに向かってくるのが見えた。

よく目を凝らすと、何かがエクお兄様を追尾している。あれは何だろう。

果実? その赤く瑞々しさを感じる外見から、そんな場違いな感想を抱いてしまった。

よく見たら、同じ物体がエクお兄様の前方にもあることに気付いてしまった。

エクお兄様のやりたいことがわからない。これでは、『今』戦うことができない私達が戦闘に巻き込まれてしまうじゃないか。

折角離れたのに、意味を失ってしまう。

まさかあの小さな物体を追っているとでも言うのか。わざわざ追う理由は何だ。

ただの果実であれば、あんな必死の形相で、戦いを放棄してまで手を伸ばそうとはしない筈……。


 そこで、一つ、私の中に仮説が生まれた。

先ほどの爆発音が鍵になるかもしれない。わざわざ追ってきているのは、あの小さな物体によって爆発が起こってしまうからではないか。

それならば、なぜこっちに誘き寄せるような真似を……。

は! そうか。エクお兄様は、の『神様』を番の神とする『神種ルイナ』だった。

それなら、物体を引き寄せることも容易である可能性が高い。

 つまり、エクお兄様を追尾しているように見える爆弾は、わざと自分にぶつかるよう調節しているのだ。

でも、どうして……。まさか爆発は規模が大きいのか。

先ほどの爆発を、エクお兄様はきっとその目でしかと見ることになった筈だ。

もし惨状が見えていたとしたら、その惨状をもう一度起こしたいとは思わない。

そう言い切れるのも、英雄になることだけは綺麗なをして言っていたからだ。

この目だけは、エクお兄様でも信用することができた。

英雄なら、自己犠牲も厭わない。そう考えると、エクお兄様の狙いは――。


 眼前。もう既に、エクお兄様はすぐ傍にまで迫ってきていて。

追いつく赤に、追いつかれる赤。そこから破裂し、生まれた更なる赤。

視界が血液に埋め尽くされる。

半分に折り畳まれたようなかたちになったエクお兄様の姿を、私は口元を両手で隠しながら、逸らせない視線を揺らしていた。

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