4-48.ロビ・ウーン・ブランとお兄様(後編)

※今回も前回と同様、ロビ視点から展開されていきます。



 エクお兄様がヘラに殺された。

そんな信じ難い現実が、私の目の前に音を立てて落下した。生々しい音が、私の鼓膜を震わせる。


 『今』になってみればわかる。エクお兄様が、その身を挺して爆弾を処理しようとしていた理由が。

残念ながら、私の予見は的中してしまったみたいだ。

これだけの威力を誇る爆発なら、私達に降り掛かれば一溜まりもない。だから、守った。

自分を強化でもしていたのだろう。強化された自分なら、大丈夫だと思ったのだろう。

 私は知っていた。その魔法方法では勝ち目がないと。

もう教えてもらっていた。このための『覚醒啓示』だったのだ。

何となく察することはできていたけど、それを生かすも殺すも私次第。私に、エクお兄様を助ける気持ちは一欠片もなかった。

となれば、当然何をしようが、見逃すつもりだった。つもりだった、のに。

何を思ったのだろう。私には、『禁忌の砦あの時』の恨みだって消えていないのに。


 知らず言葉を口ずさみ始める私。その時、どこからか、響いてくる声がある気がした。

はっきりした言葉が聞こえた訳ではないけれど、きっとこれは魔法の詠唱だ。

現に、えぐれた皮膚の隙間から見えていた骨の一部が見る見るうちに隠されていく。

誰かの声に呼応するように、私も魔法を紡いでゆく。


 そうして、言葉の切れ間。見事に重なった二つの声が、同時に終わりを向かえる。


――エクお兄様は復活を遂げていた。


 何の攻撃も受けていない、万全の状態のエクお兄様にまで回復していた。

地面に血があることから、時が戻った訳ではないことがわかる。それでも、そこにはしっかりと二本の足で立つエクお兄様の姿があった。

そろそろ来る。私の魔法が効いてくれば、エクお兄様は――。


 気付けばヘラがエクお兄様の真ん前に立ちはだかって、何かを言わんとしていた。

危なかった。もう少し私の詠唱が遅れていたら、エクお兄様は殺されていた。

 私がしたことは至って、単純なこと。ただ『今』をその現状のままで固定する『掴時シーズ』を使ったまでだ。

これによって、エクお兄様には覚醒が望める。それだけの時間的猶予を手に入れることができるからだ。

念のため、もう一度言っておく。


――私に、エクお兄様を助ける気持ちは一欠片もなかった。


 それでも、結果的に助けたようなかたちになっているのは、自分でも

こんな非合理的な思考をする自分なんか想像できなかった。それでも、身体が、心が、エクお兄様に共鳴し、助けたいと願ったのだ。

都合よく解釈するなら、この『世界の黄金郷メディウス・ロクス』の真下にある宴会会場に、お兄様がいたからと考えることもできるだろう。

現実的でなく、非論理的な見当であることは重々承知している。

……もうこれはクロノスが仕向けた、確約した未来であったとしよう。


 こうして魔法による時世界誘導をしてしまった以上、最後まで面倒を見なければならない。

私の頑張りによって、もしかしたらお兄様の戦闘に役立つかもしれないからだ。この過程も無駄にはしたくない。


 エクお兄様の行動は早かった。

全てを理解できた訳でもないだろうに、いきなりヘラを殴り始めたのだ。

それでいい。そのままの勢いを保って殴り続けていれば、きっと覚醒の時はやって来る。

暫くは、飽きもせず殴っていたが、やがて疲れと何もできていないことに対する虚しさからか、手が鈍り、口が動くようになってきていた。

これではいけない。この魔法の限界は、せいぜい三時間が関の山だ。

それ以上伸びてくるとなると、恐らく『過魔ファトス』状態に陥ってしまうことになるだろう。


「――だから、殴ってるのにッ!」


 初めてエクお兄様から声らしい声が出た。

これはマズいかもしれない。このまま手が止まってしまうことは、私の愚行も全て水の泡になってしまうことと同義。

それだけは嫌だ。お兄様の助けにならないのは、死んでいるのと同じなのだから。

やっと掴んだ好機チャンスなら、手放しておけるほど馬鹿にはなれない。


「足りないですよ」


 声が出ていた。話すつもりは本当になかった。

ないことずくしで埋め尽くされる、私の行動。自分でも何がしたいのか、よくわからなくなってくる。

もう考えることができていないに等しいのではないだろうか。

 弱過ぎるという現状を伝え、覚醒という壁を提示する。私から干渉できるのは、これくらいしかないから。

ロクに回らない思考を引っ提げて、ここからは耐久の時間が始まった。


 ――時世界が崩れ出す。遂に、エクお兄様が成し遂げたのだ。

でも、私の体内に刻まれた時計は、三時間を伝えたままで固まっていた。

この状態が意味するものは、限界時間である三時間を優に超えていたということ。

そして、私が時空の歪みから来る吐き気と頭痛に耐えるために計っていた時間では、およそを示していた。


 戻った視界と時の流れ。それと同時に、鋭い倦怠感が私の全身を襲い喰らう。

一気に地面と近くなる視界があった。次の瞬間には、身体正面に大きな衝撃がやって来て、そのまま世界は暗黒に閉ざされた。


――これが、、か。


 喉を震わすにも至らない声が、ふっと口元に宿り、消えた。

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