4-7.計画は進むⅡ

※今回も前回と同様、ムネモシュネ視点から展開されていきます。



 自分にも考える脳みそはある。

とはいえ、諸々の『今』起こっている命題の『答え』は、なかなか垢抜けてもらえない性分をしているようだ。

考えれば考えるほど気が靄で満たされ、朦朧とした睡魔に追い込まれるような感覚が襲ってきた。


 待っていた言動が満を持して、その重い腰を上げた。

低く渋めの声音が響く。

私の元カレ、そして世界の支配者。ゼウス、その『神様』が声を発した。

ゼウスが全ての意識を連れていった。私は微かに英雄然とした、その姿勢に酔い痴れた。


「ちょっと、皆しっかりしてくれよ。

『今』放置されている問題を一つずつ片付けていこうじゃないか。

まずはネムちゃんのの話。

結局何を頼みたいのか、はっきりとわかる前に脱線してしまったからな」


 一つずつ、か。なるほどな……。

一気に解決できないのは、大いに理解できる。

実際、何個も処理しようとした結果、苦しみを覚えることになったのだから。

私もとにかく、早く承認してもらいたい気持ちで一杯なのだ。

その考えに乗らせてもらおう。


「私の、頼みたいこと――それは、『幻の十一柱目』の復活地点消去です」


「あぁ、そこまでは聞いた。

その後に、全ての輪廻の破壊やら、新たな世界を創造するやらの件があったせいで、オレっち達の脳みそを置いてけぼりにしたんすよ」


「結局どうなのよ、ムネモシュネちゃん。

私達も『答え』を早く知りたいがために、感情が昂ってしまってね」


「お前の場合、ゼウスが嫌い過ぎて同じ空気を少しでも長く吸いたくないだけだろうが」


「それはそうだけど、これはこれよ」


「おい、そこ! そういうやり取りの積み重ねが『今』を生んだ。そうじゃなかったのか?

ちょっとは『神様』らしく、威厳をもった会話をしよう」


「…………」


「はぁ……」


 いがみ合う上層部の様子が日常風景であるなら、それはそれで危ないのではないか。ふと胸に湧いた疑問だった。

こうして私が直談判をしに来なくてはならなくなったのも、この『神様』達が仲良くなかったことにあるのではないか。

小競り合いで、単なるじゃれ合いで、終始の笑顔が見えていたら、どんなにか良かっただろう。

でも、現実は違っていて、非情は常に付きまとって、小さな軋轢がやがて大きな災いを呼ぶかもしれない。

一瞬、脳裏に芽生えた、最悪な未来が私を警鐘の深淵へと誘った。

首を振り、その邪気を振り払うと、少し肩で息を整える。

あり得ない。もう何年もそんな争いは起こっていないんだ。

大丈夫、悠久の時を生きる、『神様わたしたち』を信じよう。


 デメテルの溜め息から、若干の間が空き、ゼウスが場を取り直すように、開口する。


「ネムちゃん、悪かったね。

それで、あの煽りって言うのは、言い過ぎたってことで良かったのかな?」


「……そう、ですね。こんな一般階級いや、底辺階級の『神様わたし』の戯言なんて、耳にすら入らないだろうと、そう思って……」


「でも、実際は……」


 意図的に空けられたに、問答の記憶を思い浮かべる。

ここにいる『神様』に、私の声は――。


「ちゃんと聞こえていた……!」


「そうだ。

俺達は階級で見る時もあるかもしれない。

だが、この『金の領域』に入ってこられた以上、俺達は君を、ネムちゃんを一端の立派な『神様』であると、いやが応でも認めるんだ」


「――――ッ!」


 なぜか分からない。胸の内に溢れる、並々ならない感情が暴走し始めた。これは何なのだろう。

私は、この天界を一度は追放された。自らの、愚かな規定ルール違反によって。

そのことは己が一番理解し、反省もしていたが、なぜか生かされてしまった。

中途半端だと思った。

自分は殆ど死んでいるのと同義である筈なのに、まだこの首はつながっているし、『神様』の権能も使えてしまっている。

これではやり切れない。どちらにも居場所がもてない。

そんな思いが、日に日に大きくなっていった。

 だから、ゼウスの、あの言葉が、例え誰かの差し向けがあったとしても、生きてていいんだって言ってもらえたみたいで嬉しかった。

私は、ここに立っている。私はもう一度、好きな人の前に来ることができた。

――私は、『今』を生きている。


「不安な気持ちも十分理解できる。そうだよな、一度は追放された身の上だもんな。

でも、あの時、俺はその話を聞いて、ネムちゃんは生かさなきゃ駄目だって従者に言ったんだ。

だから、特例が適応されて、君は『神様』の権能を失わずに済んだって訳さ」


「うぅううぅ! ……あり、ありがどう、ございまず!

ぞうだ、だったん、でで、ですね!」


「ハッハッハ。泣いてちゃ良く聞こえないよ」


「もう、揶揄わないでくらはい! 舌、舌噛んだ!」


「ハッハッハッハッハ」


 私たちのやり取りを見て、周囲の顔にも変化が現れた。

視界の端々で、私たちの様子を見て、神々が笑顔を見せ始めたのだ。

口元を隠しながら肩口が揺れていたり、大胆に大きな口を開けて笑っていたり、一柱は目尻に涙を浮かべるほど私達の様子を面白がってくれた。

そうか、言葉だけじゃやっぱり駄目だったんだ。

オズとの一件で理解できたと思ったけど、確かにそうだ。

私、何もわかっていなかった。

一度たりとも、ザビさんみたいに関わってあげられなかったんだ。でも――。


「これが、対話でなく、なのかな」


 ポツリと呟かれた一言を皆聞き逃すことはなかった。

それぞれがそれぞれの大きさで、うんうんと頷く素振りを見せている。

流石、一線級『神様』とでも言うべきか。まさか聞かれてしまうとは思わなかった。

投げかけて反応が返ってくる。これだけでこんなに心が温かくなるものなんだな。

私は、これだけ大勢の『神様』と一同に関わったことがなかったため、新鮮で刺激的だった。


 そこからなんだかんだ色々な話をした。

皆、話の本筋からズレていることを悟りながら、それでも、私に初めての感動を堪能してもらうようにと、アレコレ動いてもらった。

一通り、騒ぎ終えたところでパチンとゼウスが手を叩いた。


「さぁ、もう大分と楽しんでしまったし、解散したいのは山々なんだが、まだ話は終わっていない。

そうだよね、ネムちゃん」


「……はい、なんか色々してもらっちゃってすみませんでした!

でも、とても楽しかったです。まさか三回連続で……ップ!」


「おいおい、そこを穿ほじくり返すのだけはやめてくれって、オレっち言ったっすよね」


「はいはい、敗者敗者」


「デメテルまでやめてくれよ」


「ハッハッハッハ」


「フッフッフッフッフ」


「ガッハッハッハッハ」


「……まぁ、でも。そうですね。

別にそんなに大した話でもないので、サクッと説明させてください」


 私が真面目の顔をすると、皆も真剣な顔つきになって、聞く空気をつくってくれた。

ゴホンと、一つ咳払いをしてから、私は話し始めた。


「『幻の十一柱目』――即ち『庇死者』の能力をもつ『神種ルイナ』は現在、死すと時間を巻き戻す『忘れじの間』へとその身が預けられるようになっています。

そこでは、あらゆる傷が完治し、食事の提供も不要となります」


「あぁ、あのクロノスとヘファイストスの合作っすか。なるほど……」


「それで、その『忘れじの間』が所謂――復活地点であると駄目な理由があるんだな」


「はい。『幻の十一柱目』には、『神様』の『答え』の提示を許したいと考えているのです。

そのために『忘れじの間』での復活を停止し、一度天界へと復活するようにしていただきたいのです」


「おいおい、そんな無茶な……」


「無茶も勝手も承知です。無謀であると言われることも想定して来ました。

それでも、私の、ちっぽけでも列記とした一柱の『神様』でもある私の、いや、両方の世界を知った者としての、頼みたいことなんです」


「んん……」


「お願いします! どうか、この通りです!」


 私は勢いよく頭を下げた。

ここまで多くの出来事が起こってきた。

その中では、私に深い感銘を与えたものもあった。

それは、偏にここに連れてこさせてくれた、クロノスやロビを始めとする、沢山の人の思いが味わわせてくれたものだ。

皆を背負っている。私だけじゃない。だから、折れたくない。


「…………まぁ、いつかは言わなければならなかったことだろう。

『今』は『死の救済マールム』の猛攻も心配の種であるし、人類側に協力者を頼めるのはこちらとしても有り難い。

……よし、わかった。その依頼、了承する!」


 『了承』の二文字が耳に入った瞬間、顔を上げ、両腕を高く頭上に掲げた。

最大級の喜びがそこにはあった。

周囲の祝福する顔も見えていた。

まだ残された問題はあれど、ひとまずは自分にもおめでとうと、そしてありがとうの二言を送りたい。

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